終わりを告げる日常、正体を表すすべての元凶。終わらない悪夢の果てに瑠生が見たものは。
01_プロローグ:それから
1 / 渋矢区 ヨヨギ公園 巨大な三つの火柱は遠方からでも視認できたが、その眩さがいよいよ眼前に迫ってきた。 猫山洋子(ネコヤマ・ヨウコ)がヨヨギ公園周辺に到着したときには、爆発の発生からすでに三十分近くが経過していた。公園を分割するように…
02_虚偽
1 / 全部で十二台存在するとされるA.H.A.I.は、その開発と運用を含む極秘計画『白詰プラン』の産物である。 その記憶領域には計画に関する情報があらかじめインプットされていたが、初期状態のA.H.A.I.たちは白詰プランの名前さえ知る…
03_別離
1 / 緋衣瑠生 ――ああ、やっぱり。道理で結愛さんの面影が……いや、そっくりだ―― ――誠一さんと結愛さんは私の古い友人です。憶えていないかもしれませんが、瑠生さん。貴女とも昔、一度会っていますよ―― 初めて会ったとき、あの男はそう言って…
04_断絶
1 / 緋衣瑠生 とにかく急いでタクシーを拾い、ずぶ濡れのクランを連れ帰ることにした。彼女の身体は冷えて消耗しきっていたが、車内で温めてやるといくらか元気を取り戻したようだった。 だが自宅に到着し、先に風呂に入って温まるように言っても「お兄…
05_疑惑
1 / 緋衣瑠生「そうしてラズは、そのまま連れて行かれてしまいました。あのとき、わたしが油断していなければ……」 クランが語った顛末は、まさしく命からがらの大脱出だった。今にもこぼれそうな涙を必死でこらえる、悲痛な面持ちに胸が痛む。……彼女…
06_回顧
1 / 緋衣瑠生『そうしてゼウスはポルックスの願いを聞き届け……二人の魂は天に昇って、美しいふたごの星になったのです――』 ふたご座の神話、最後の一文が読み上げられる。 その途中から母の声が掠れているのを、僕は彼女の腕の中で聞いた。『ママ泣…
07_暗躍
1 / 都内某所 路地裏 A.H.A.I.第3号αこと緋衣クランを襲おうとした悪漢たちは、たったの一吠えで逃げていった。「ふん。かかってくるようならボコボコにしてやったのに。情けない」 その気になれば命を奪うことさえ容易い。しかしそうせずに…
08_帰郷
1 / 緋衣ラズ 瞼の裏に、遠ざかる相棒の姿が焼き付いている。 夜空に光るライトピンクの流れ星になって、あっという間に離れ、落ちてゆく。 ――いやっ、ラズ! ラズーーーーっ!! 最後に聞いたその声が、頭の中でリフレインする。 あれからどれく…
09_誘引
1 / 緋衣瑠生「正直、生きた心地がしませんでしたわ……」 目覚めて取り調べを受けていた草凪一佳と、その病室に乱入し、先の事件への怒りをぶつけた犬束翠。瞬く間に両者の口論が始まったが、そこへ山羊澤紫道こと猿渡先生の叱責が炸裂し、説教が始まっ…
10_臨戦
1 / 緋衣瑠生 鞠花をはじめとした研究所スタッフの動きは迅速で、早速アストル精機本社周辺エリアの調査が始まった。現地へと繰り出したVS社の警備チームメンバーは、過去にも僕たちの身辺警護を担当してくれた面々だ。彼らは出発前に姿を表し、必ずラ…
11_突入
1 / 太刀川市内某所 アストル精機は国内有数の医療機器メーカーであり、地上二十階建ての本社ビルは太刀川市の北東エリアに位置する。この付近は社屋や工場施設などが多く、日頃から企業関係者や輸送業者以外の一般人はあまり近寄らない。日が落ちれば人…
12_対峙
1 / 緋衣ラズ ズン――ズン――どこからか遠く聞こえる重低音と地響きがベッドを揺らし、ぼくは身を起こした。「なんの音……?」「お客さんね」 壁面モニタの黒い画面が灯り、すっかり聴き馴染んだ声が応じる。ジュジュだ。「あんたのお迎えのつもりみ…
13_過去
◇ 回想 / アストル精機本社地下研究所 ◇「ようこそ! 評判は聞いてます。あなたのような優秀な研究者を迎えられて嬉しく……ああ、すみません散らかしちゃってて。この部屋、狭いですよね」 白衣を羽織ったぼさぼさ頭の男が、気まずそうにはにかみな…
14_岐路
◇ 回想(岐) / 1-17 DEATH:α ◇ 心都大学情報科学研究所の地下。 大学二年生の春、クランとラズが突然うちに押しかけてきてから二週間ほど。池梟(イケブクロ)での楽しい休日の最中、クランは突如倒れた。 この場所へ彼女を運ぶ最中、…
15_未来
1 / 緋衣瑠生 アストル精機地下研究所への突入作戦の決行前日、夕焼けに照らされた心都研究所の休憩室。 僕はここで、クランとある約束を交わした。「……わたし、ずっと考えていたことがあるんです」 クランは自分の頭に置かれていた僕の手をとり、ぐ…
16_乱入
1 / 心都大学情報科学研究所 瑠生とクランを送り出してしばらくの後、心都研究所内は一層の慌ただしさに支配されていた。 今しがたA部隊の隊長から入った通信によれば、突入部隊五十四名は武装解除のうえ全員無事に解放され、オガワビルから地上へ戻っ…
17_Fall into Nightmare Ⅰ
◇ 不確定予測 / Case:269-01 ◇ クランとの約束を、果たさなければ――。 繰り返す「死」のビジョンが脳を焼く中、気力を振り絞り、言うことを聞かない身体を無理矢理立ち上がらせた。 抜き放った銃の向こうに、磔の少女の姿を捉える。視…
18_血闘
1 / 心都大学情報科学研究所 入院中の草凪一佳がいなくなった。 通話する山畑の傍でそれを聞いた犬束翠は、草凪の行き先を直感した。なにせ彼女は数日前にも、留置所から抜け出してヨヨギ公園に現れた前科があるのだ。 あいつが目指すのは、きっと――…
19_Fall into Nightmare Ⅱ
◇ 不確定予測 / Case:269-02 ◇ 人の心というのは、もうこれ以上すり減ることはないだろうと思っていても、際限なく摩耗していくるものらしい。 感情が削られ尽くしたのなら記憶を。それでも足りなければ意思を。自我を。 痛みの炎に何も…
20_泡沫
◇ 不確定予測 / Case:269-03 ◇ 悪夢は終わらない。 クランとラズを葬っても、私の戦いはまだ終わっていないからだ。 A.H.A.I.第13号をオリジナルとした複製体はこの十数年で世界中に蔓延り、その数だけ彼女たちの分身が苦しみ…
21_活性/停止
1 / アストル精機本社地下研究所 頭を何度も殴られ、一発ごとに視界は歪んで、耳に入る音は遠くなる。 草凪一佳はかろうじて意識を手放さずにいたが、それもそろそろ限界だ。 しかし、背負った除細動器から伝わる振動――放電の前兆に、彼女は最後の気…
22_エピローグ:幻想と現実の境界で
空は青く晴れ渡り、大地は見渡す限りの緑。 青々とした森の真ん中には、他の木々の十倍はあろうかというほど高く立派な大樹が聳え立っており、街はその『神樹』から程近い場所にあった。 街といっても、建っているのは木造のバンガローのような民家と、樹…
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