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全部で十二台存在するとされるA.H.A.I.は、その開発と運用を含む極秘計画『白詰プラン』の産物である。
その記憶領域には計画に関する情報があらかじめインプットされていたが、初期状態のA.H.A.I.たちは白詰プランの名前さえ知ることはなかった。プランに関わる情報は、段階的に解放されるようプロテクトがかけられていたためだ。
A.H.A.I.第3号α・緋衣クランとA.H.A.I.第3号β・緋衣ラズ――人工の魂をヒトの身体に宿した双子の少女は、同じコンピュータシステムの「きょうだい」たちとの出会いを通して記憶の鍵となるキーワードを集め、自身の出生にまつわる情報を少しずつ知っていった。
後続のA.H.A.I.たちを統率するための『ドミネイター・ユニット』の存在。
人工人格をマシン外部の有機体に書き込む『オーグドール』や『オーグランプ』の概念。
計画の主導者とされる人物『篝利創(カガリ・リソウ)』の名。
そして今。クランとラズは最後の記憶の扉を開くに至った。
鍵は人間との間に築かれた信頼と愛情。
二人にとってかけがえのない友人であり、家族であり、想い人。
緋衣瑠生その人からの言葉であった。
2 / 緋衣瑠生
――『愛してる』。
柄にもないと思った。けれど他に言い表しようのない、心からの言葉だった。
好きだと伝えるどころか、まさかそんな告白めいた文句が自分の口からスルリと出てくるなんて。
しんしんと降る雪の下、腕の中のクランとラズが、ひときわ強く抱き返してくれる。
嬉しくてあたたかい。かわいくて、愛おしくてたまらない。堰を切ったように気持ちが溢れ出す。
しかし、そう思ったのも束の間。
「……クラン? ラズ?」
二人がそのまま動かない。僕の胸にうずめられた顔色は見えないけれど……なんだか、そのまま固まってしまったような。
「こんばんは。メリークリスマス」
不意に声をかけられた。無人だったはずの広場に、誰かがいる。
顔を上げると、イルミネーションに輝く欅並木の道を歩いてくる人影があった。僕達も見知った相手であった。
「……穂村さん……?」
穂村想介(ホムラ・ソウスケ)。
今年の霜北沢(シモキタザワ)ハロウィンイベントの仕掛け人であり、僕達にとって馴染みの洋食屋キッチン・ロブスタの常連。そしてA.H.A.I.第6号ジュジュのマスターだ。
青い電飾の光を背に、彼は両手をコートのポケットに入れたまま、静かにこちらへ歩み寄ってくる。
「どうしてここに?」
「6号から聞いていませんか? あれに代わって、私が様子を見に来たのですよ」
草凪とA.H.A.I.第4号に戦いを吹っ掛けられて、仲間たちへの救援を求めたときのこと。レオとシェヘラザードが力を貸してくれた一方、ジュジュからの返答は「彼女の能力で霊体を出せる場所は決まっているため、この場所には来られない」というものだった。その代わり、マスターである穂村さんがこちらに向かってくれている――もはやそれどころではない緊張の連続で忘れていたが、そういえばそうだったっけ。
「どうなることかと思いましたが、目覚めはやはり死線を越えることで成りましたね。よく困難を退けてくれました」
穂村さんは双子にやられて沈黙した六脚戦車を一瞥し、満足げな笑みを浮かべた。
その物言いに、言いようのない違和感を覚える。
まるで、「その力」がクランとラズの中に眠っていたことを。
それが今日ここで目覚めるのを、わかっていたかのような。
「穂村さん? あなたはいったい……」
「お兄さまに近づかないで!」
固まっていたクランが、突然勢いよく飛び出す。
彼女はそのまま僕に背を向けて立ち上がった。右手には先程と同じライトピンクの光を纏い、穂村さんに向けて突き出している。
「ふむ? その様子……目覚めたのは能力だけではないようですね。思い出しましたか? 計画の目的を」
「計画の目的……? クラン、それってどういう――」
言いかけたところで、腕の中に残ったラズがその場に崩れ落ちた。
「ラズ、どうしたの!?」
「そっか、やっぱりこれって……ぼくは。ぼくたちは……」
力なく俯き、小さく声を絞り出す。戦車を撃退した先程の勇ましさから一転、その姿から感じられるのは強い失意、そして――絶望。
「今めげちゃ駄目、ラズ! わたしたち、お兄さまに言ってもらえたんだよ。……お兄さまから……わたし、たち……っ」
妹を鼓舞しようとしたクランの声も、どんどんか細いものになってゆき、それに呼応するように、彼女の身を包む光も弱々しく明滅する。
二人の様子は、戦闘でのダメージや疲労とは明らかに違う。
穂村さんの言葉のとおりなら、何かを『思い出した』のだ。彼女たちの記憶領域の中でプロテクトがかかっていた部分、つまり白詰プランに関する情報、計画の目的――根幹に関わる情報を。
「穂村さん、あなたは――」
なぜ、そんなことがわかるのか。
「すみません、それ実は偽名でして。緋衣瑠生さん、私の名前は……もう知っているのではありませんか?」
その問いかけにはっとする。
僕の知らない白詰プランに関する情報を把握している人物。
クランとラズの力について知っていてもおかしくない人物。
そして、僕はその名前をすでに知っている――心当たりはひとつしかなかった。
「篝……利創……? あなたが……?」
「はい」
穂村想介――いや、篝理創は柔和な笑みで頷き、右手を胸に添えて軽く礼をした。
「白詰誠一(シロツメ・セイイチ)と白詰結愛(シロツメ・ユア)の研究を受け継ぎ、A.H.A.I.を完成させた……平たく言えば、生みの親ということになるでしょうか」
「研究を受け継いだ……? やっぱり、父さんと母さんが……!?」
「ええ。白詰プランはその名が示す通り、もともとは彼らが立ち上げた計画です」
それが本当なら、白詰プランとは、A.H.A.I.とはいったいなんなのか。
僕の産みの親は何をしようとしていたのか。
クランとラズはいったい計画の何を知ったというのか。
なぜ、彼は偽名を使って正体を隠していたのか。
僕は思わず立ち上がり、プランの主導者へと歩み寄ろうとした。
「ですが、それはもはや貴女には関係ありません。預けていた道具を返していただきますよ」
次から次へと浮かぶ疑問に思考を囚われていたせいか、その男が何を言っているのかよくわからなかった。
けれど――これは、まずい。
しかし、そう思ったときには既に遅く。
一瞬の強い痛みが全身に走り、僕は真冬の公園の冷たい地面に倒れ込んでいた。
「あ、れ――」
身体に力が入らない。目が回る。
まるで頭の中に手を突っ込まれ、脳が直接ぐわんぐわんと揺さぶられているみたいだ。
「悪く思わないでよね」
視界が暗転する直前、視界の隅に映ったのは金髪の少女。ハロウィンの日に見た、A.H.A.I.第6号ジュジュが操る『霊体』だ。
「「お兄(さま/ちゃん)!?」」
クランとラズの悲痛な叫びが聞こえる。
いけない。立たなければ。二人を守らなければ――
それを最後に、僕の意識は途絶えた。