11_突入

1 / 太刀川市内某所

 アストル精機は国内有数の医療機器メーカーであり、地上二十階建ての本社ビルは太刀川市の北東エリアに位置する。この付近は社屋や工場施設などが多く、日頃から企業関係者や輸送業者以外の一般人はあまり近寄らない。日が落ちれば人通りはぐっと少なくなる。
 突入部隊三十六名。地上に残って支援および本部との通信を中継するバックアップ部隊十八名。総勢五十四名からなる現地部隊は、アストル精機本社のおよそ半径二キロ圏内に分散配置され、その時を待っていた。
 地下研究施設への侵入経路は、あらかじめ篝のメールによって明かされていたオガワビル地下四階のほか、二箇所が昨日からの調査によって判明している。三ルートからの同時侵攻を敢行すべく三分割された部隊は、さらに突入地点付近で偵察行動を行う班と、一般車両や輸送車両に偽装した特殊装甲車に乗り込み、少し離れた地点で待機している班に分かれていた。
 ――時刻はまもなく一九時。そろそろ作戦開始の合図がかかる頃だ。

「準備はいいな」

 突入地点に向けて発進した装甲車の後部で、一人のオペレーターが呟く。迷彩服に身を包んだ男は、オガワビルからの突入を試みる「A部隊」の隊長である。
 頷きを返すのは彼と同じ装いの三人。取り回しの良いマシンガンとポリカーボネート製のシールドを携え、腰には拳銃を装備している。

「……俺は、あの妙な壁に阻まれて熊谷さんの援護に駆けつけられませんでした。そのぶん、ここで働いて取り返してみせるつもりです」
「ですね。必ず成功させて、熊谷さんの無念を晴らしましょう」

 ひとりの隊員が上げた声に、皆が頷く。突入部隊には瑠生らの警護をしていたメンバーのほか、熊谷のVS社時代の部下や同僚もその意志を引き継がんとして参加している。
 各員ジャケットの下には耐弾・耐刃のほか絶縁加工を施した防護服、ヘルメットには無線通信機とともにノイズキャンセラーが備えられている。これらは、敵方がA.H.A.I.の能力を利用してくることを想定した装備だ。すなわち第4号と第8号の力――電撃と声による思考誘導への対策であった。
 同社の装備には自走式の小型戦闘車両もあるが、今回は投入されていない。これも、第5号のような外部からのハッキングによって逆利用される危険性を考慮してのことだ。

「とりわけ危険なのは、第6号の『オーグランプ』だ。警戒を怠るなよ」

 熊谷ほどの手練が一方的に打倒されたとなれば、これの仕業である可能性が高い――オペレーターたちは皆、そう考えていた。
 既知の情報によれば、それは不可視状態で忍び寄り、突如として実体化して襲いかかってくるという。あらゆるものに姿を変えることができ、鉈やチェーンソーなどの形をとって、物理的な破壊能力をも発揮する、まさしく化け物だ。

「オーグランプはどこから来るかわからない。常に二人一組で、前後を警戒しつつ」
「出てきたら可能な限り戦闘は避け、物理干渉可能な時間が切れるまでしのぐ、ですね」

 おそらく、クランのようなエーテルによる攻撃手段を用いない限り真正面からオーグランプを倒すことはできないが、弱点はいくつか存在する。
 ひとつは、物理的な干渉ができるのは短時間であるということ。
 もうひとつは、シンプルに本体を破壊すれば無力化させうるということ。A.H.A.I.第6号の本体は、篝博士の本陣たる研究所内に存在する可能性が高い。発見次第破壊してしまえば、その脅威に晒されることはなくなるだろう。
 ――第4号、5号、8号についても、クランによる停止命令が無効化され、敵にコントロールを取り返されるなど止むを得ない場合には、破壊が許可されている――当然、緋衣瑠生や羽鳥青空たちマスターたちには伏せられているが。
 もちろん、それ以外の未確認A.H.A.I.が行く手を阻む可能性もあるし、双子を拉致したヘリコプターの兵士たちもいるはずだが、その人数や装備、能力の全貌は不明である。
 不確定要素が多すぎる危険な作戦だ。それはここにいる誰もが理解している。
 だが、敵がふたたびクランの身柄を狙う前にやる必要がある。篝とその計画の危険性についても、ここにいる誰もが理解していた。

 突入開始地点まもなく。偵察班から、周囲異常なしの最終連絡が入る。
 十九時まで、三――二――一。
 作戦本部たる心都研究所から通信が入ると同時に、装甲車はオガワビルの手前で停止した。

「ミッション開始、突入してください」

 助手席のオペレーターの合図とともに後部扉が開放され、四人が一斉に飛び出す。
 向かいのビルの陰から四人、さらに反対車線からやってきたもう一台の装甲車から四人。総勢十二名のオペレーターが事前に決められたルートにしたがい、ビルの正面入口へと向かった。
 静かに、慎重に、そして迅速に。
 突入したメンバーは一階ロビーの無人を確認。そのまま地下へ続く階段へ。
 地下一階、二階、三階、四階……地下研究所へと続く扉へ辿り着き、一同に緊張が走る。
 ゲートのロック設備にハッキング端末が仕掛けられ、VS社のオペレーターたちの、そして心都研究所スタッフの戦いが始まった。

2 / 心都大学情報科学研究所

「Aルート、ハッキング進行中。間もなく最初のゲート開きます」
「Bルート、開きました。このまま次のゲートへも仕掛けます」
「Cルート、接続を確認。ハッキング開始します」
「B部隊、研究所内へ侵入。敵による迎撃なし」
「C地上班、周囲に変化なし。引き続き警戒」

 作戦開始から五分ほど。心都研の作戦本部ではラボスタッフが次々に声を上げ、現地のオペレーターからも状況報告が届く。壁一面の大スクリーンに映る映像は格子状に切り分けられ、突入隊員たちのヘルメットに装着された三十六台のカメラが捉える風景を中継している。
 緋衣瑠生と緋衣クラン、そしてA.H.A.I.のマスターたちは、アストル精機地下研究所侵攻作戦の推移を固唾を呑んで見守っていた。

「さすが心都研究所……こんなにすぐセキュリティゲートを突破してしまうなんて」
「滑り出しは順調みたいですね」

 そう呟いたのはA.H.A.I.第4号のマスター・犬束翠とA.H.A.I.第5号の羽鳥青空だ。
 ほどなくして三方向すべての入口がハッキングによって抉じ開けられ、突入部隊が侵入に成功する。当初の想定よりもスムーズだった。
 研究所内部は、壁も天井も不気味なほど一面の白。白。白。
 さらに第二、第三のゲートが解錠され、部隊は奥へと進む。しかし――

「相手の動きが何も無いな。気付いていないはずはなかろうが……」

 A.H.A.I.第8号の山羊澤紫道が唸る。
 同じ違和感を、指揮を執る緋衣鞠花も抱きはじめていた。
 簡単すぎる――そんな言葉が彼女の脳裏によぎった、まさにそのとき。

「こちらA部隊! 『壁』出現! 敵部隊と遭遇!」

 耳をつんざく通信に、一気に緊張が走る。
 スクリーン左側の隊員たちの視界にフルフェイスヘルメットの兵士たちの姿が映った。

「やっぱり、あの兵隊……!」

 クランが息を呑む。マシンガンを携える姿は、まさしくラズを連れ去った篝博士の手下たちだ。
 そして天井から床まで広がり、突入部隊員と兵士たちを隔てる陽炎のようなゆらぎ――これこそがヨヨギ公園を封鎖していた「壁」なのだと、中継映像を見た一同も理解した。

「B部隊、敵と遭遇! こちらも『壁』!!」
「こちらC部隊、『壁』確認!」

 三つのルートから突入した三つの部隊は、ほぼ時を同じくして会敵。

「……っ! クランちゃん、やっぱりダメです!」

 この先に待ち受けているのは銃撃戦だ。
 羽鳥は凄惨な中継映像を見せまいとクランに駆け寄り、その顔を覆うように胸に抱いた。

「炸裂ナイフを使う! シールド構え!」

 号令とともに一本の投げナイフが飛ぶ。熊谷和久が使っていたのと同じものだ。一点、決定的に異なるのは――その刀身からグリップにかけて、粘土状の爆薬が起爆装置とともに練り付けられていること。
 ナイフが半透明の障壁に突き刺さり、直後に爆音。カメラが激しく上下する。炎と煙、そして破砕されたエーテルが光の粒子を散らす。曇った視界の中でも、「壁」に大穴が空いているのが確認できた。

「よし、いけるぞ!」

 突貫で用意された『対壁』兵器――炸裂ナイフは、見事に想定通りの効力を発揮した。
 爆煙の中、敵兵も衝撃に吹っ飛ばされて倒れている。隊員たちはすかさず突破するべく前進する。
 ――だが、快進撃はそこまでだった。

「なんだ? ……味方じゃない! 後方から敵! 迎撃を!」

 隊員のひとりが銃を構え、数名の味方が一斉に振り返る。
 そこにいたのは彼らと同じ迷彩服、シールドを装備した人影。だが、よく見ればその姿は半透明の虚像だ。

「オーグランプが出た! 構えろ!」
「あれも偽物だ! 近づけさせるな!」

 他の部隊からも声が上がり、銃声が響く。彼らの行く手にもエーテルの幻影が現れたのだ。
 しかも、仲間を模した姿だけではない。
 スーツ姿のサラリーマン。父母と子供。ヘルメットの兵士と同じ姿。警察官。野球選手。ギャル。ゆるキャラの着ぐるみ。スーパーの食品販売員。神川機関の黒服。猫。ストリートミュージシャン。制服姿の学生。チンピラ。神社の神主。浮浪者。犬。買い物客。看護師。セレブなマダム。白衣を着た研究員。そして――保護対象であるはずの褐色白髪の少女。
 さまざまな姿が隊員たちを惑わし、行く手を阻む。

「馬鹿な、いくらなんでも多すぎる……!?」

 それらが偽物、虚像であることなどすぐにわかる。しかしオーグランプたちは次から次へと現れ、都市部の駅の通勤ラッシュのように白い部屋を埋め尽くしてゆく。
 事態の急変はそれだけにとどまらない。時を同じくして、地上部隊からも悲鳴が上がった。

「B地上班、奇襲を受けました! どこからだ……? 一時離脱します!」
「装甲車がやられました! 離脱不能! うわっ!」

 直後、激しいクラッシュ音とともに通信が途絶える。
 それを皮切りに、地上に残っていた他のバックアップ隊からの通信もあっという間にノイズと化した。
 その間にも、研究所内の隊員たちの視界は無数のオーグランプに埋め尽くされてゆく。
 なんら攻撃を仕掛けてくるでもなく、ただ増殖し続け、迫ってくる。
 前列にいた虚像の何体かが銃撃を受けて霧散するが、それを上回る数があとからあとからやってくる。床からも無数の手が生えてきて、隊員たちの足を掴む。

「身動きが取れない! このままでは――」
「うわああああああああッ……!!」

 その通信を最後に、中継されていた三十六の視界は次々とフリーズ、ブラックアウトしていった。
 順調かに思われた研究所内への突入から、ものの数分。
 作戦本部たる心都研の一室は瞬く間に静寂に包まれ、その場の誰もが真っ黒になったスクリーンを呆然と眺めていた。

 何が起こったのかよくわからない。
 それでも、その場にいる全員が理解した。
 作戦は――最悪の事態に陥ったのだと。

「だから、おかしなことを考えないほうがいいと言っておいたじゃありませんか」

 無音を破り、穏やかな男の声が作戦本部に響き渡る。この場に集ったスタッフ全員、とりわけ瑠生とクランにとって聞き覚えのあるものだった。
 暗転していたスクリーンの中、その男は真っ白な部屋でオフィスチェアに腰掛けた姿で現れた。

「篝利創……!」
「緋衣鞠花さんですね。『篝利創』として言葉を交わすのは初めてですが……改めて、第3号のオーグドール化については、良いデータを頂きありがとうございます。まさか本体を破壊してしまうとは思いませんでしたが」

 挑発的な言葉に、鞠花は歯ぎしりをする。

「その思い切りの良さは評価したいところですが……今回の行動については愚策と言わざるを得ない。想定の範囲内、こちらの守りを破るに足りえません」
「セキュリティにわざと穴を開けて誘い込んだのか」
「勘付くのが一歩遅かったですね。しかし、そちらに友好的なA.H.A.I.を戦力にカウントせず、休眠状態にしたのは賢明だ。あれらを使われたら強制的にコントロールを取り返さざるを得ませんし、そうなれば、そちらの兵隊を無傷で捕らえることも難しかったでしょう」
「……彼らは無事ということか」
「もちろん。死者どころか、負傷者も出ていません。出させていません。今のところはね。そもそも私に、最初から争う意志はないのですよ」

 両手を軽く上げた篝は、柔和な笑みで続ける。

「さて……ご挨拶はここまで。緋衣瑠生さん、そして3号α。そこにいますね? 改めて、私の招待に応じていただけませんか? βでしたら、このとおり無事です」

 スクリーンの映像が切り替わり、カメラを覗き込むような格好のラズが映し出された。メールに添付されていた写真と同じ、白い患者衣姿である。

「ラボのみんな!? お兄ちゃん、クラン、そこにいるの!?」

 画面に食らいつくように顔を寄せる妹の姿を認めたクランが、羽鳥の腕の中から飛び出し、スクリーンに駆け寄って声を上げた。

「ラズっ!!」
「クラン、来ちゃダメだ! どこか遠くに――」

 だがその声はほんの数秒で途切れ、ふたたび篝の姿が映し出される。

「ぜひ会いに来てあげてください。そしてお話をしましょう。侵入者の皆さんも、今なら無事に帰してあげられますよ」

 彼が突きつけてきたものに、鞠花は唇を噛んだ。
 分の悪い戦いだということは理解していたはずだった。死傷者が出ることも覚悟していた。だが今の状況が示すのは、作戦の失敗どころか敵に五十四名もの人質を提供してしまったという事実。……なんという失策だろう。

「……お兄さま」

 静かに振り返るクラン。その視線の先に一同の注目が集まる。
 緋衣瑠生――作戦本部に足を踏み入れて以来、ずっと口をつぐんで状況を見守っていた彼女が、意を決したように顔を上げた。

「篝博士。あなたはどうして、そんな計画をやろうとするんです」
「人生を賭けた悲願ですからね。私にとっても、白詰夫妻にとっても」
「なんのために、クランとラズが必要なんですか」
「そのユニットは白詰プランに欠かすことのできない要、最後のパーツだからです。プランの成就こそA.H.A.I.が果たすべき使命、存在理由。私はそれを推し進めるだけです」
「――そう」

 瑠生とクランはふたたび視線を交わす。
 互いの意思を確かめるように頷き合う二人に、迷いはなかった。

「……行こう、クラン。ラズのところに」

 その一言に室内がざわつく。

「そう言っていただけると信じていました」
「そのかわり、隊員の人たちは全員無事に解放して。これ以上一人も傷つけないで」
「約束しましょう。ただし、身柄は貴女たちと引き換えです。既に迎えをそちらへ寄越していますので、しばらくお待ちください……楽しみにしていますよ」

 篝の通信が切れ、スクリーンはブラックアウトした三十六分割の中継映像に戻る。
 刹那の沈黙。一息置いて、口を開く者があった。

「……本気で言っているのかい、瑠生」

 スタッフ全員の意思を代弁するのは、作戦の指揮者であり、彼女の姉である緋衣鞠花だ。

「きみが行ったところで、奴がラズを解放することはない。どうするつもりなんだい」
「行かなきゃ犠牲が出る。あの男はやるよ」
「まさかクランを黙って差し出す気じゃないだろう」
「僕たちなら、あいつとラズのところまで行ける」
「行ってどうする。きみがあいつを取り押さえるつもりか? 無理だ。兵士たちや第6号はどうする? また騙し討ちされるのがオチだ!」

 強い語気とともに、鞠花が懐に手を伸ばす。
 取り出されたのは銀色のオートマチック拳銃だ。

「鞠花さん……!」

 万が一、瑠生やクランが静止を振り切ろうとした場合の最終手段――いち早くそれを認めて駆け出そうとした犬束を、山羊澤が「止せ」と制する。
 しかし、銃口は床を向いたままだ。

「頼むからやめてくれ、瑠生。私はこれをきみに向けたくない。承知しているだろう、作戦が失敗した場合、ただちにクランを別の場所へ移送する……敵の手がこの研究所へ及ぶ前に。そういう手筈だということは」

 険しい視線に怯むことなく、瑠生は姉に向き直る。

「……ずっと考えていたんだ、僕にできることを」

 一歩。二歩。鞠花のもとへ。

「白詰の父さんと母さんのことはあんまり覚えてない。だけど、とても優しくてあたたかい人だったのは覚えてる。こんな計画をやろうとしていたって、今でも信じられない。……それでも、二人が始めたことなら」
「瑠生……よせ、作戦ならもう一度立て直す!」
「ケリは僕がつける。それを撃つのは僕がやる」

 そして震える姉の手と――そこに握られた銃を取った。

「やめろ! そんなことをしたら――」
「姉さんには、その後のことを頼みたい」
「馬鹿を言うな! きみには無理だ! 隊員たちやラズを盾にされてみろ。きみは撃てない! ……そうでなくても、きみに、そんなこと」
「……行かせてください、お姉さま」

 クランが瑠生の隣へ歩み寄る。
 彼女もまた銃に手を添え、鞠花を真っ直ぐに見据えた。

「わたしもずっと考えていました。白詰プランのこと、わたしたちが生まれた理由のこと。生きている限り、その宿命から逃れることはできない……これはいつか必ず、自分自身で対峙しないといけないこと。それは、きっと今なのです」
「クラン、きみまで……」
「決着をつける覚悟はあります。お兄さまにも、わたしにも」

 かつての自分とそっくりな姿をした分身。大きな瞳の奥に宿るものを、鞠花は見た。

「……だめだ。だめだ、それは……そんなこと、きみにやらせるわけには」
「大丈夫、うまくやるよ。ちゃんと全員で戻ってくるから」

 そんなのは根拠のない強がりだ。気休めだ。嘘が下手な妹の顔に、そう書いてある。
 だが、鞠花はそれを口にすることはできなかった。

 作戦本部にいる全員が固唾を呑んで見守る中、緋衣鞠花は俯き、沈黙する。
 隊員の命を預かり、この作戦の指揮を執ったチームリーダー。
 A.H.A.I.第3号にヒトの身体を与えた科学者。
 そして、最愛の妹を持つひとりの姉。
 あらゆる思考が、想いが、彼女の脳内を駆け巡る。

「……本当にただの好奇心だったんだ。クランとラズをきみに託して、こんなことになるなんて微塵も思っていなかった。私はこんなことを望んでいたわけじゃない。私はまた……きみを守るどころか、すべて背負わせなければならないのか」
「わかってる。いいんだ、姉さん。僕は姉さんのおかげで二人に会えた。いちばん大切なものができた。失くしてたものも取り戻せた。……言ったでしょ、一緒に背負うって。だから行く。僕は最後まで二人のそばにいてあげたい。これだけは誰にも譲れないから」

 ――永遠にも思える数秒間の後。

「後から必ず迎えに行く。待っていてくれ」

 とうとう、きつく握りしめていた銃から――瑠生とクランの手から、指を解いた。

「……ありがとう」

 最愛の姉の想いを受け取り、妹は微笑みを返す。

「クラン、この子とラズを頼む」
「はい。必ず」
「……すまない。苦労かけるね」

 妹のもとへ赴くもうひとりの姉もまた、しっかりと頷いた。
 篝の手配したヘリコプターが、間もなく心都大学情報科学研究所に到着する。