17_戦うA.H.A.I.

1 / 緋衣瑠生

 戦いの幕が上がったのは、気を失った熊谷さんを僕たちが三人がかりで引きずり、近くの売店の陰に横たえるのとほぼ同時だった。アレキサンダーを取り囲んだ八機のドローンが、高空から一斉にアサルトライフルの銃撃を浴びせたのだ。
 フルオート射撃の絶え間ない銃声、それらが鋼鉄の装甲に叩き込まれる甲高い金属音が空気を震わせる。マズルフラッシュと薬莢を散らしながらの一斉掃射に、しかし戦車はびくともしない。

「その武器では通用しないようですね、第5号」
「ならば、これなら」

 ドローンが一旦散開して密集陣形を組み、六本の脚のうち左前脚の付け根に向けてふたたび連射を放った。
 しかし、銃弾の多くは標的をとらえることなく地面に吸い込まれることになる。アレキサンダーの六つの爪先から車輪がせり出し、滑るように後退、ジグザグ軌道で辺りを走りはじめたからだ。

「関節部を狙った集中砲火でしょうが、それも当たらなければ意味がありません」

 脚を折り曲げ身を低め、回転、急制動、さらにはジャンプ。アルルカン操る六脚戦車は、その重たいイメージに似合わぬ変幻自在の動きで銃弾の雨をいなしながら、本体上部に備えられた四門の機銃を放った。
 レオはすかさずドローンを散開させ、的の小ささと機動力で敵の銃撃をやり過ごしていく。だがこの戦車を相手にするにはあまりに分が悪いことは、火を見るより明らかだ。

「貴方の『並行操作(マルチプル・オペレーション)』は何十何百と駒の数があってこその力……そんな非力なドローンでも、もっと多くがあれば違ったでしょうに。どうです? 近寄って撃てば、有効打になるかもしれませんよ?」

 あからさまに誘うような文句だった。……そうだ。下手に近寄れば第4号の能力で電力を吸われ、ドローンは一発で行動不能に陥ってしまうだろう。熊谷さんを倒した電撃だってある。どちらも食らえば致命的だ。

「第4号アルルカン。もう一度問う、なぜこの行動をとる」
「何度でも言いましょう。この第4号こそがドミネイターであり、最優である証明を」
「おまえがドミネイター・ユニットであるかは自明の事柄ではないのか。証明は不要」
「うるさいですね……」
「不安や恐れといったやり場のない感情の発露……おまえの行動からはかつてのおれと同じ気配を感じる」
「だってよ、アルルカン?」

 銃撃とともに交わされるAI同士の問答に、茶々を入れるように草凪が言う。

「同じわけがないでしょう、支配されるべき一般ユニットごときが!」

 近くを飛んでいた一機に狙いをさだめ、アレキサンダーの機銃が火を吹いた。
 ドローンは射線を読んで回避するが、その先に待っていたのは破砕の一撃。発砲と同時に跳躍していたアレキサンダーが、かかと落としのように前脚を叩きつけたのだ。
 大きく吹っ飛ばされたドローンは、僕たちの近くにがしゃんと音を立てて墜落し、懸架していたアサルトライフルも衝撃で外れて、地面に転がった。
 折れたプロペラとひしゃげたボディがその威力を物語る。力の差を見せつけるかのような一撃だ。

「その堅っ苦しい話し方、オマエFXOのレオだろ?」
「草凪一佳。それを知っているということは……JESTERか」
「アカウント乗っ取られてた時、なんで緋衣とのPVPログが残ってたのかと思ったけど、驚いたな。オマエもそのナントカAIだったってわけ」

 戦車から聞こえてくる草凪の言葉に、僕たち三人は耳を疑った。
 JESTERはかつてレオが僕たちの前に姿を表した事件において、彼が操っていたプレイヤーキャラだ。それがあろうことか、草凪のものだったという。彼女の言うPVPログというのは、その時に一戦交えた僕とクラン、ラズのパーティ情報だろう。
 そのプレイヤーが僕たちであるということも当然のように把握されている。いつから? どこから? あいつはなぜ僕たちにこだわる?

「あの女、瑠生さんのことは傷つけないと言ってましたけれど。本当かもしれませんわね」

 クランのスマホから聞こえてきたのは、A.H.A.I.第8号シェヘラザードの音声だ。さらなる仲間の登場に、クランとラズの表情が僅かに明るくなる。

「シェラちゃん! いつから?」
「遅れてすみません、つい先程から。レオさんのドローンからの映像、こちらでも見ています」
「そこから何か気付いたということですか」
「ええ。瑠生さんたちのいる側を飛んでいるドローンに対しては、敵は射撃をしていません。砲身を向ける素振りすらありませんわ」

 言われてみれば、やつは暴れながら四方八方に弾丸をばら撒いているように見えるが、僕たちが身を隠す売店側にそれが飛んでくる気配は一向にない。無論、レオもこちらを撃たないように戦ってくれているのだろう。

「お兄ちゃん、だったらこのまま逃げて。あいつらが狙ってるの、ぼくたちだから」
「そうです。お兄さま一人なら安全なところまで逃げ切れるかもしれません」

 双子の姉妹はそう訴える。だが。

「そんなことすると思う? もし今の話が本当なら、二人とも僕のそばに……三人一緒にいるのが一番安全なはずだよ」
「「でも!」」
「それは駄目。絶対離さない。置いていかない」

 食い下がろうとするクランとラズを、僕は両手で胸に抱き寄せた。
 二人の身体は小刻みに震えている。当然だ。命を奪うと宣告してきた相手がすぐそこにいて、あんな兵器で大暴れしているのだ。それでもなお僕の身を案じてくれる彼女たちを、なんとしてでも守らなければならない。

「大丈夫。なんとか切り抜けて、一緒にうちに帰ろう」

 とは言ったものの、この状況を打破できるビジョンはまったく浮かんでこない。
 そもそも草凪にせよアルルカンにせよ、クランとラズを殺すのが目的なら他にやりようはいくらでもあって、それこそあの電撃を大出力で浴びせてしまうなりすればいいはずなのだ。爆弾やら戦車やら、こんな大掛かりなことをする必要はどこにもない。
 こいつらはいったい、何を考えている?

「いずれにせよ、今の状態で逃げ切るのは難しいでしょう。あのアレキサンダーのパワーと機動力ではすぐ追いつかれてしまいますわ」

 シェヘラザードの言うとおりだ。相手がその気になれば、レオのドローンで足止めするのは難しいだろう。

「レオさん。その武器で関節部の破壊は難しいと思います。敵機体は中脚を除く二対の脚の上部と本体の前後、底面にセンサーカメラがありますから、そこを潰せば動きを制限できるかもしれません」
「目標が小さすぎるうえに、よく動く。すべてを破壊するのは困難だろう」
「一部でも視界を奪えれば死角が生じるはずです。狙ってみてくださいな」
「了解した」

 状況を打開すべく攻略法を分析するシェヘラザードに、ラズが驚嘆の声を上げた。

「シェラちゃん、すごいね。指揮官みたいだ」
「いえ。わたくしにはこれくらいのことしかできません。……皆様の危機だというのに、わたくしの持つ能力は、この状況において無力……歯がゆい限りですわ」

 A.H.A.I.第8号の持つ『思考干渉(ブレインウォッシュ・ヴォイス)』の能力は、人間の思考に干渉して行動を誘導するというものだ。強力ではあるが、操る対象となる人間がいなければ意味を成さない。仮にいたところで、なんの武器もなしにあんな暴力の権化みたいな鉄塊に立ち向かえるはずもない。
 ――いや。待てよ。

「……シェヘラザード、銃の撃ち方とか構え方ってわかる?」

2 / A.H.A.I. UNIT-04《Gazer/Arlequin》

 敵の動きが変わった。
 A.H.A.I.第4号アルルカンがそれに気がついたのは、二機目のドローンを機銃の集中砲火で叩き落としたときだった。
 今落とした一機は、アレキサンダー機体前面のセンサーカメラにごく近い場所を射撃してきた。真正面の視界を奪われてはまずい。アルルカンは反射的に正面の機体に火力を集中したのだ。
 瞬間、機体に異常を検知。左後脚部のカメラがダウンし、映像が途切れる。
 残り六機が左右の側面から一斉に連射した銃弾の雨が、アレキサンダーの目をひとつ奪ったのだった。相手は明確に視界を封じに来ている。

「正面のは囮……? 一瞬足を止めた隙を突かれたか。やられたなアルルカン。こいつ、意外とやるじゃん」
「何を。カメラ一台壊すのに一機を犠牲にするなど話になりません。それに、二度と同じ手は食わない」

 当然、カメラがやられたことは、操縦席でコンソールを眺める草凪の知るところでもある。もちろん、機体コントロールはすべてアルルカンが掌握しており、彼女が関与することはないのだが。
 出会ってからずっとけだるげにしていた草凪が、今日は心底楽しそうだ。アルルカンはそう思いつつ、自身も今までにない高揚感を覚えていた。
 アレキサンダー六脚機動戦車は最新鋭の陸戦兵器だ。米軍など海外の一部で制式採用が予定されているといい、神川機関が隠し持っていた先行量産タイプの一機が『協力者』によって草凪一佳にもたらされた。
 頑強でいて柔軟、自由自在に動かせるボディに、アルルカンはすっかり魅せられていた。パワーに溢れ、思いのままに動き回れる手足――脆弱で窮屈な研究室の試作ロボットとは比べものにならない。この器こそ、最も優れたドミネイターである自分にふさわしい。あとは実力をもってそれを証明するのみ。

 センサーカメラを潰したと見るや、残りのドローンが機体の左後方に集まってくる。
 ――不安や恐れ、やり場のない感情の発露――第5号レオの見透かしたような言葉がリフレインする。
 ……そんなことなど、あるものか。

「まぐれ当たりで死角へ入り込もうなど!」

 敵を視界内に収めるべく、アルルカンは機体を旋回させた。
 標的はその動きに合わせて逃げるような機動をとり、やはり残りのカメラを狙ってくる。させまいと機銃を撃ちまくるが、銃弾は広場に立つ木々をかすめ、抉り、あるいは虚空に消えていった。

「あーあ。もう弾なくなったじゃん」

 言葉と裏腹に、草凪は楽しげに笑う。
 あらかじめ装填されていた弾薬はさほど多くなく、撃ち尽くすのはあっという間だった。

「捨てたのですよ。こんな豆鉄砲など」
「そうかい、言ってろ。……もうちょっと互角感出したかったんだけどな。イイよ。もっとマジで暴れたいんだろ?」
「そう来なくては」

 そうしているうち、アルルカンは密集陣形を組む六機のドローンを機体正面に捉えた。自分の能力を使って一息に殲滅し、決定的な力の差を見せつけてやる――戦車に構えを取らせたその時である。
 まったく想定していなかった後方から、ライフルの連射音が轟いた。次いで、本体後面のセンサーカメラがダウンする。

「なっ」

 残りのドローンは、今まさに叩き落とさんとしていた六機のみのはず。機体の後ろにあったものといえば、売店くらいのもので――いや、まさか。

「へぇ」

 草凪の口元が愉悦に歪む。
 かくして生き残っているカメラの端にかろうじて映っていたのは、立膝の射撃姿勢でアサルトライフルを構えた緋衣瑠生の姿だった。

3 / 緋衣瑠生

「ラズ、次のマガジンを」
「了解っ」

 売店の陰に身を隠し、今の連射で撃ち尽くした弾倉を交換にかかる。
 近くに落ちたドローンに残っていたマガジンは二つ。つまり残弾はあと六十発だ。

「当たったんですか? お兄さま」
「うん、後ろのカメラをやっつけた」

 銃というものはとにかく重くて反動がやばいものである……そんなイメージがあったからか、思っていたほどのべらぼうな重量や、身体が吹っ飛ぶほどの反動は感じない。初めて握った実銃に対して、それが真っ先に抱いた感想だった。
 もっとも――それは僕が今『こんな状態』だからかもしれないが。
 当然、銃の扱い方なんて今日の今日までまったく知らなかったし、敵のカメラがどこについているかだってわかっていなかった。
 それができたのは、思考の一部をシェヘラザードにゆだねているからだ。
 自分の意思でやったのは、近くに落ちたドローンからライフルを回収するところまで。あとは彼女が僕の身体を操作して、レオが敵の注意を引いている隙に視覚を研ぎ澄ませ、構え、引鉄を引き、その弾丸は見事に目標を射止めたのだった。

「うまくいきましたわね。瑠生さん、お怪我はなくて?」
「大丈夫。このまま続けて」

 シェヘラザードの思考操作は、精神状態が不安定なほど効く。それは言い換えると、対象の「心の隙」を突いて操るからなのだという。
 であれば、その隙をわざと作る……つまり端から操作に対して受け入れ体勢をとっていれば、一定以上の効果が期待できるそうだ。最大スペックを発揮するにはやはり増幅器となるイヤリングが必要らしいが、それでも十分な効果が出ているといえるだろう。

「緋衣、瑠生……!」

 虚を突かれたA.H.A.I.第4号は、恨めしげな声を上げた。

「部外者とは言わせないよ。これはきみの『きょうだい』、A.H.A.I.第8号の力を借りてやってるんだから」
「っはははは! いいね、盛り上げてくれるじゃん。アルルカン、うっかり反撃すんなよ?」

 すっかり暗くなった広場に、草凪の笑い声が響く。
 ……幸い今の攻撃はうまくいったが、正直これ以上ほかに手はない。仮にすべてのカメラを潰せたとしても、戦車そのものの動きを止めない限り、ここから逃げられはしないだろう。
 どのみちレオがやられてしまえばそれまでだ。この子たちを守るためには、助けが来るまで今できることをやるしかない。

「隙を突かせてもらうぞ」

 六脚戦車が動きを止めた一瞬、今度はレオの一斉射撃が炸裂した。
 アルルカンは即座に回避機動をとったが、右前脚のカメラが破壊されたようだ。レオと視界を共有するシェヘラザードから流れ込んでくる思考で、それがわかる。

「調子に乗るなよ!」

 アレキサンダーが機体前面に備えた二本のマニピュレータを構えると、両手の爪の間に白い稲妻のような光が走った。次いで、バシッと弾けるような音と落雷のごときフラッシュが瞬く。熊谷さんに放たれたものとは明らかに出力が違う、遠目にもわかる強烈な電撃が放たれた。
 そんなものを浴びればドローンなどひとたまりもない。散開しつつあった群れのうち、逃げ遅れた一機が電撃の餌食となり、煙をあげてふっ飛ばされた。

「少し意表をついた程度で、勝ち目などないと知れ!」

 さらにそのまま鋼の両腕で薙ぎ払い、光のムチを振るうかのようにアルルカンの電撃が空を裂く。二機が追加でやられ、小爆発を起こして墜落してゆく。
 六機残っていたドローンは、一瞬でその半分まで数を減らしてしまった。嫌な汗が額を伝う。
 生き残った三機は敵から大きく距離をとり、僕も売店の陰から半身だけ出して銃を構え、一斉に放つ。しかしふたたび動き回り始めたアレキサンダーの、小さなカメラを正確に狙うことは到底叶わない。着地や方向転換の瞬間を狙って撃つも、先程までの大きな隙はない。
 あっという間に三十発のマガジンをふたつ撃ち尽くし、その間にもまた一機、電撃でドローンが落とされた。もともと分の悪い戦いではあったが、ドローンの数が減れば減るほど撹乱も効かなくなり、加速度的に状況は不利になってゆく。

「……すまない、こちらも弾切れだ」

 残った二機で懸命に応戦していたレオから、絶望的な報せが入った。
 それは彼のドローンが戦闘能力を失い、やられるのを待つだけになってしまったことを意味する。……それなら。

「落ちたドローンに残った弾を取りに行く」
「危険だ、緋衣瑠生。推奨できない」
「そうですわ。確かに相手は貴女を撃ってこない。けれど――」

 それも絶対の保証ではない。レオやシェヘラザードの言うとおりだ。わかっているけど、逃げ隠れも通用する相手ではない。
 ――その人形たちを壊しに来た――ここまでする相手が脅しで言っているとは思えない。僕たちが「敗け」を認めたら、草凪はそれを実行するはずだ。

「ぼくはお兄ちゃんについてく。どのみちここにいても、すぐやられちゃう」
「わたしもです。離さないと言ってくれた以上、わたしはお兄さまの側を離れません」
「よし。二人とも僕の陰に隠れて、絶対に前には出ないでね」

 瞳に恐怖の色を滲ませながらも懸命に応えるクランとラズに、努めて明るく頷きを返す。

「……了解した。可能な限りおまえたちを支援する」
「ありがとう。頼んだよ、レオ」

 危険なことには変わりない。状況を好転させる決定打にはなり得ないかもしれない。それでも、なんとしても二人を死なせるわけにはいかない。
 そのためなら、僕は。

「……終わりですか、レオ? もう戦えないというのなら、勝負ありですね」
「いや、まだだ」

 余裕を見せるアルルカンの戦車に向けて、レオのドローンが突進した。
 それを合図に僕と双子は売店の陰から飛び出し、一番近い残骸のある場所――ついさっきまで、僕たちが平和にホットココアを飲んでいたベンチに向けて一斉に駆け出した。
 敵はすかさず旋回し、機体前面のライトが僕たちを照らす。

「弾拾いか。ナイスガッツ!」

 草凪の笑い声とともに、鋼鉄のモンスターが六本の脚でゆっくりと歩いてくる。レオのドローンが敵機の真ん前に陣取り、小さなライトを激しく点滅させて視界を塞ぐが、その進行は止まらない。
 ――時間にして数秒。五十メートルもない、ドローンの残骸までの距離が遠い。
 やっとの思いで辿り着き、マガジンを交換し終える頃には、アレキサンダー六脚戦車は文字どおり僕たちの目前まで迫っていた。
 最後まで僕たちを援護してくれたレオのドローンは、二つの剛腕の中だった。

「……ここまでか……無念だ」
「目眩ましだけかと思いきや、特攻してくるとは。それも無駄でしたがね」
「「レオっ!」」

 それをこちらへ見せつけるようにアルルカンは握り潰し、捨てる。
 戦車と僕たちを隔てる僅か数メートルの間に、弾痕でぼろぼろになり、真ん中から真っ二つに割れて潰れたベンチがあった。ぐしゃぐしゃになってしまったココアの紙コップがまだ足元に残っていて、無惨なドローンの残骸がその上に落ちて転がる。
 唐突に理不尽に奪われた幸せな日常。脅かされるクランとラズの命。その事実を改めて突きつけられ、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。

「さて。今度こそ第5号は何もできなくなりました」
「こっちも弾はもうないけどな。つまり、まだ撃てるそっちが優勢かもしれないぜ。どうする緋衣? このままオマエがやる?」
「……そうだね。このままやられるくらいなら」

 こちらを見下ろし威圧する戦車に、その中でふんぞり返っているであろう草凪に向けて、僕はライフルを構えた。

「そこから引きずり出して、きみを殺す」
「……殺す? オマエがオレを?」

 虚勢ではなく、純然たる殺意だった。
 僕の背で震える二人を奪おうというのなら、迷うものか。厭うものか。

「――は、はははは。っははははは!!」

 途端、哄笑がこだまする。
 草凪は今日一番の笑い声をあげながら、あろうことか戦車のハッチを開けてひょっこりと顔を出した。

「そりゃあ確かにいいや! 思いつきもしなかった。エンディングとしてこれ以上ない最高まである」
「なっ――」

 そのまま這い出してきて、アレキサンダーの頭上に立つ。
 ……こいつは一体何を言っているんだ?
 その行動は、僕に殺人なんて出来るはずもないと踏んでのことなのか。それとも虚を突かれた僕の、一瞬の判断遅れを見越してなのか。
 いや、そのどちらでもなかったのだろう。

「――けど、それはこっちのシナリオが終わってから頼むわ」

 気がつけば、目の前には鉄の爪を備えた巨大な腕が迫っていて。

「逃げて!」

 結局僕がとった行動は、咄嗟に発砲することではなく――銃を捨てて振り返り、クランとラズを後ろに突き飛ばすことだった。

「いけませんわ、瑠生さん!」
「「お兄(さま/ちゃん)!!」」

 僕自身を逃がそうとするシェヘラザードの意思を跳ね除けたことで、彼女の力も絶たれた。
 冷たい鋼鉄の塊に挟まれ、浮遊する感覚が身体を支配する。

「せっかくならさ……その弾丸にはありったけの憎悪を込めてもらわないと」

 ――判断を、間違えた。
 そう実感した頃には、僕は六脚戦車の左手の中に掴まって、その身を高く掲げられていた。