1 / 緋衣ラズ
それから何日か経った木曜日の夜。
ぼくたちにとってお馴染みのオンラインRPGであるファンタジア・クロス・オンラインのパーティ内ボイスチャットは、いつになく大騒ぎになっていた。
「このままではこちらが押し切られる。援護を頼む」
「死ぬ死ぬ! めっちゃ殴られてんだけど! さっさと助けなさいよ!!」
メンバーは自室からログインしているぼくとクランに加え、二週間ほど前からゲームを始めたA.H.A.I.第5号レオと、さらについ先日からの初心者であるA.H.A.I.第6号ジュジュがオンラインで参加している。
今日の目標はジュジュが次のステップに進むために踏破しなければならない、ストーリー序盤の難所と呼ばれるダンジョン突破だ。現在の進行度は半分ほど、道中の大部屋でモンスターの大群とバトルの真っ最中だった。
「突っ込みすぎです! ヒールが間に合いません……!」
「これじゃタゲ取れない! リキャスト全然戻ってないよ!」
FXOはパーティメンバーが各々の役割に応じた動きで協力して戦うゲームだ。攻撃役のアタッカー、回復役のヒーラー、そして防御役のタンク。どれも欠かすことのできないロールだけど、特にタンクは敵の攻撃から仲間を守るという重要なポジションである。
今回そんなタンクを務めているのはぼくなのだけど、これが案外うまくいかない。敵を引き付けようと思っても、味方にもなるべく攻撃をくらわないよう立ち回ってもらわないと――
「レオもジュジュも攻撃控えて一回下がって! そのままだと……あっ」
案の定、迂闊に暴れまくった二人のアタッカーはHPが尽きて地面に倒れてしまった。
「一度離脱して立て直しましょう。ラズ、後退を!」
「この数は二人じゃ処理しきれないね。了解!」
「ちょっと、あたしらが死んでるのに見捨てる気!?」
「第6号ジュジュ。死んだときは画面の真ん中に出ている『ダンジョンの入口に戻る』を押せば、おれ達も離脱でき」
「わかってるっての! あーもー!!」
倒れた二人がその場からワープするのを見届けつつ、ぼくとクランはモンスターだらけのエリアから一目散に逃げ出したのだった。
◇
「なによぉ、まだ最初の方なのに難しいじゃない……」
「ゴリ押ししようとするからああなるんだよ。ちゃんと足並み揃えれば難しくないって」
「並み居る敵をバッタバッタとなぎ倒せるゲームかと思ったのに……」
「そういうモードもなくはないですが、基本そういうゲームじゃないですね」
ぼくとクランから交互にたしなめられ、ジュジュは悔しそうに唸っている。
「レオも突っ込みすぎ。状況を俯瞰して見るのは得意とか言ってなかったっけ」
「状況としてはわかるのだが……なんか思うように動けずに包囲されてしまう……前に出過ぎというのは、先程の戦闘で理解した」
減った消費アイテムを補充しながらの会話は、必然的に反省会になる。
二人の動きは、まるでゲームをはじめたての頃のぼくとクランを見ているようだった。自分が最も慣れているロールがアタッカーなので、余計に粗が見えてしまう……とはいうものの。たぶん、ぼくの動きもタンクに慣れている瑠生さんから見たら、まだまだなんだろうなあ。
ぼくたちの中でタンクといえば、やはり瑠生さんのプレイヤーキャラ・聖騎士ルージだ。
こうして自分でやってみるとよくわかるのだけど、タンクはその腕前がパーティメンバーの生死に直結しがちなので、結構プレッシャーが伴う。持ち技の地味さもあって率先してやりたがる人が少なく、他のロールに比べてプレイヤー人口が少ないという。
瑠生さんはゲーム開始から今に至るまでタンクばかりをやっていたという希少プレイヤーで、過去に所属していたギルドでも頼りにされていたようだった。……ただ、そのギルドは人間関係のトラブルが発端でなくなってしまったらしい。ぼくとクランがAIプレイヤーとしてこのゲームに参加し、彼女と出会う前の話だ。
「こんなときにお兄さまがいてくれたらいいんですけど」
「お兄ちゃん、コツとか教えるのもうまいもんね」
「うん。わたしたちがちゃんと戦えるようになったのは、お兄さまのおかげ」
「あ、そういえばお兄ちゃんこないだもさ」
「ああもうなんなのよあんたたち! 口を開けば二人揃ってお兄さまお兄さまお兄ちゃんお兄ちゃんお兄さまお兄ちゃん! 今いないヤツの話してどーすんのよ!」
ジュジュは突然キレた。
彼女が言うとおり、瑠生さんは本日不在である。大学の友達である水琴ちゃんこと天田水琴(アマダ・ミコト)と一緒に飲んで帰ってくるのだそうだ。
「だってお兄さまはタンクのプレイングも上手ですし、初見のギミックについても優しく教えてくれて、わからないことは一緒に調べてくれて、うまくできるとたくさん褒めてくれて」
「そのノロケさっきも聞いたわよ、なんなのあんた学校とかでもいっつもそんな感じなの!?」
ジュジュの言葉が聞こえているのかいないのか、双子の姉はゲーミングチェアに座ってうっとりした顔でくるくる回っている。
「うん、まあ、クランは割とずっとこんな感じかも……」
おかげで学校の友達の間でも、相棒はすっかり瑠生さん狂いで定着している。
実は彼女は隣の学級、つまりぼくのクラスの男子からひそかに人気がある。おっとり優しく、お淑やかで家庭的なところが良いらしい。そしてそんな子たちには今みたいな姿を見せると、だいたい何かを諦めるのだった。
「ていうか、そもそもなんで『お兄ちゃん』とか『お兄さま』なのよ」
「このゲームの『ルージ』が男性キャラだったから、ってこれは前に話さなかったっけ?」
「そうだけど実物は女じゃない。あんたたちがあいつを好きなのは、男として見てるってことなの?」
「別にそういうわけじゃないけど……」
ジュジュからの問いに、ぼくは唸ってしまう。
好意と性別についての意識。夏にも、友達の天田深月(アマダ・ミヅキ)とそんな話をした覚えがある。
「じゃあ、逆にあいつが男でも好きになってた?」
「あたりまえです、男であっても女であっても、わたしたちより小さな子供でも、今よりさらに年上の大人だったとしても、たとえワンちゃんネコちゃんだったとしても!!」
力強く食い気味にクランが答える。
……まあ犬猫まではさすがに考えたことがなかったけど、その言葉にはぼくも同意だった。つまり年齢や性別については問題ではない。そこはずっと変わっていない。
「リアルで会ってからも、なんとなくしっくりくるから『お兄ちゃん』って呼んでるけど……」
「まあ、言われてみれば。性別が関係ないなら『お姉さま』でもいいはずですね」
それだと鞠花さんと呼び方が被るとか、立ち振る舞いや雰囲気が中性的だとか、そういった理由も一応ありはするけれど。
「その呼び方には、おまえたち自身の理想や願望が込められているのではないか」
ぽつりと言ったのは、それまで黙っていたレオだ。
「「理想や願望……?」」
「つまりFXOにおけるルージのように、緋衣瑠生には自分を守り導いてくれるものであって欲しい――意識的なのか無意識的なのかはともかく、そういう思いがあるのではないかということだ」
思わずクランと顔を見合わせてしまう。はっとしたように目をぱちくり瞬かせる相棒と、ぼくはたぶん同じ顔をしている。
脳裏によぎるのは、人間の世界について教えてくれた優しい声、そっと抱きしめてくれた感触とにおい――そして、怖気づいていたぼくに「おいで」と手を伸ばしてくれた姿。レオの言うことは、意外と当たっているかもしれない。
「ふーん。あんた、そういう心の機微には疎いもんかと思った」
「いや、これは羽鳥青空が言っていたことだ。おれも同じ疑問を持って、彼女に尋ねてみたことがある」
「なんだ、マスターの受け売りってことか。どーりで」
「もちろんそれだけではないだろう。緋衣クランと緋衣ラズもまた、緋衣瑠生を助け、力になろうとしている。おれはこの半年で、そういう姿を何度も見てきた」
「……そう。理想的な関係ってわけね」
そうつぶやくジュジュの声が、少し寂しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。
理想的な関係……そうであるなら、嬉しいんだけど。
「ともかく現状目下の問題は、緋衣瑠生のような優秀なタンクや指導役が不足しているということだ」
「いや確かにそう言ったけど、ぼく結構頑張ってるからね!?」
レオは話を戻して急に刺してきた。ダメ出しがちょっと嫌味っぽくなっちゃったのを根に持たれているのだろうか、なんて思った矢先。
「そういった教えを請えそうなフレンドには心当たりがあるのだが……どうも最近ログインしていないようだ」
「「「えっ」」」
続く言葉にぼくと相棒、ジュジュまでもがまったく同じリアクションをとってしまった。
「あんた、あたしたち以外にいるの? ゲームのフレンドが?」
「ああ。おかしいか」
「おかしくはないですが」
「ちょっと意外かも」
羽鳥さんと過ごすようになってだいぶ落ち着いたとはいえ、もとは大の人間嫌いだったレオである。正直、他人とパーティを組んで遊んでいるイメージは湧かなかった。
「緋衣クラン、緋衣ラズ。JESTERを覚えているか」
「……もちろんです。あなたと最初に会ったときのキャラですね」
忘れられるわけがない。『JESTER』は、当時<オブザーバー>という名前だったレオが、ぼくたちの前に初めて現れたときに使っていた強力な槍騎士だ。レベルはカンストしていて、装備品も最高クラス。もちろんレオ本人が用意したわけではなく、どこかの誰かのアカウントを無断借用したものだったのだけど。
「おれは自分でこのゲームを始めてすぐにJESTERに詫びを入れに行ったのだが、そのときになぜか興味を持たれてフレンドコードを交換した」
「そ、そうなんだ……」
かつて自分のアカウントを乗っ取ったと自称する怪しい初心者を、いきなりフレンド登録したという……JESTERのプレイヤーはずいぶん寛大というか、奇特な人のように思える。ベテランプレイヤーともなると、そのへんも柔軟になってくるんだろうか。
ただ、それにしても。
「ジェスター……今のわたしたちには、ちょっと気になる名前ですね」
やっぱり同じことを思っていたらしい、クランの言葉に頷く。
「道化師。『アルルカン』に通じる名前……偶然だとは思うけど」
「考えすぎでしょ。よくある気取ったネーミングじゃない」
「レオ、そのJESTERのプレイヤーがどんな人物かわかりませんか?」
「詳細な人物像がわかるほどのやりとりはしていない。何度か一緒にダンジョンに潜った程度だ。会話はテキストチャットのみで、年齢や性別もはっきりとはしないが……淡々としていて、マイペースな印象を受けた」
「淡々としててマイペースって、あんたみたいね」
「案外そういうところの波長がレオと合ったのかも?」
「プレイヤー個人の特定材料を集めようにも、おれはあまり目立つ真似ができない。下手なことをすればまたネットワーク制限をかけられ、このゲームもまともにプレイできなくなる可能性が」
「素で個人情報すっぱ抜こうとか考えてんじゃないわよ!」
ジュジュのツッコミはまったくもって正論だ。
彼女の言うとおり、道化師というのもよくあるキャラネームではある。JESTERどころかジョーカーもPierrotも、なんならまさにアルルカンだってフィールドや野良パーティで見かけたことがある気がするし、考えすぎなのかもしれない。
「はあ……そう都合よくそのへんにヒントが転がってたりはしないかぁ」
「結局<ゲイザー>……あるいはアルルカンのことも、草凪という人のことも、肝心なことは何もわかってないですからね。もやもやします」
「渋矢にも神川の悪いやつが潜んでるかもしれないって言うし。このままじゃおちおちクリスマスのお出かけもできないよー!」
「ヨヨギ公園のイルミネーション、見に行きたかったんですけどね」
ぼくと相棒は揃ってため息をつく。
「気にせず行っちゃえばいいのに。だいたいそいつらがいたとして、今のあんたたちはただの人間と同じなんだから、連中にとっては無価値なわけでしょ」
「そうかもしれませんが、わたしはやっぱり怖いです」
「残党なんてたいしたことないと思うけど。慎重なことね」
「<ゲイザー>のことだってあったし、ジュジュだって狙われてないとは限らないんだよ」
かつて実際に神川機関に狙われた身としては、とてもジュジュのような楽観はできない。あのときラボに満ちていた緊張感を彼女が知らないのは、仕方のないことだけど。
「<ゲイザー>の端末が今、悪用を企てる何者か……仮に神川の手にあったとして、本体を管理している者がそれを察知していないということはないはずだ。ならば、<ゲイザー>もおれのように本体がネットワークアクセスを制限されている可能性もある」
「確かに、そうなれば悪事に利用されずに済むかもしれない……ですね」
「少なくともサイバーテロに使われることはなくなるだろう」
希望的観測ではあるが、とレオは付け足す。
彼は春のドローン暴走事件のペナルティとして、正体不明の本体管理者から半年ほどネットワークへのアクセスを大きく制限されていた。状況は違うけど、今回の件で同じような措置がとられるというのは考えうることだ。
レオのプレイヤーキャラ・拳闘士レオは拳を天高く突き上げるモーションをとっている。再チャレンジの準備は万端らしい。
「もし無事に会えたら、<ゲイザー>もFXOに誘おうかなあ。タンクやってほしいなあ」
「あんたはお気楽ね。そいつが友好的な相手とは限らないじゃない」
同じく準備を整えた魔法剣士ジュジュは、ぼくの言葉に呆れた様子だ。
瑠生さんから又聞きしたところによると、犬束翠さんの知る<ゲイザー>は生真面目なタイプだったらしいけど、実際どういう子なのかは会っていないのでよくわからない。それにもちろん、ジュジュの言うことも理解できる。
「でも、最初はともかくさ。結局はみんなこうして友達になれたじゃない。レオもシェラちゃんも、ジュジュもね」
「うっさいわね、誰が友達よっ!」
「なんだよぉ、こんなに一緒に遊んでるのにまだそういうこと言う」
ジュジュはこのとおり、物言いは乱暴でわがままで負けず嫌いだ。だけどなんだかんだで付き合いはいい。FXOに限らずときどきゲームを一緒に遊ぶし、管理者である穂村さんからジュジュの端末を借りてきて、一緒に映画を観たこともある。ホラー好きで怖い作品ばかり観たがるので、クランはほとんど毛布の中にいたけど……。
「せっかくのきょうだいなんだから、ぼくは仲良くしたいな」
「……あっそ。まあ……そんなに言うならしてやらなくもないわよ」
小さな声でそっけなく言いながらも、今度の彼女は無駄に先走ってダンジョンに突入しようとはしなかった。
「よーし、行くよみんな!」
「ラズ。わたしたちはそろそろ寝ないとだから、これが最後だよ」
「わかってるって」
「了解した。この一回でクリアしてしまえば問題ないのだろう」
「あんたちょっとフラグくさいからそういうこと言うのやめてくんない!?」
いざリベンジのとき。ジュジュとレオ、そしてクランとぼくは足並みを揃えて、ふたたびモンスターたちの根城に乗り込むのだった。
2 / 緋衣クラン
再突入したダンジョン攻略は激闘を極めました。
とはいえレオとジュジュの立ち回りは確実に良くなっていて、わたしとラズも動きやすくなり、ボス戦も無事に一発での突破に成功。ジュジュは晴れて次のフィールドへと進めるようになったのでした。……攻撃を欲張った彼女自身もボス撃破の瞬間に最後の一撃をくらい、相討ち状態になっていたのが少し不満そうではあったけれど。
瑠生さんと組むいつものパーティには抜群の安定感があるけれど、こうして違う編成で遊ぶのも新鮮な楽しさがある――今日の冒険は、そんなことを思い出すものでした。
「レオもジュジュも落ちたし、ぼくたちも寝る準備しなきゃなんだけど」
「お兄さま、まだ帰ってきそうにないね」
時刻は二二時になろうかというところですが、特に連絡もありません。
飲みのときは珍しいことでもないので、まだ心配するような時間ではないのですが……ちょっとやきもきしてしまいます。そんなことを思いながらアイテム整理をしていると、フレンドから一通のショートメッセージが飛んできました。
「あ、お姉さまがログインした」
差出人は『グズ子』。わたしたち双子にとって親のような存在ともいえる、心都大学情報科学研究所は緋衣鞠花さんのプレイヤーキャラです。ちなみに名前の意味は「愚図」ではなく、クランベリー・ラズベリーを由来とするわたしたちと同じく、グズベリーから来ているのだとか。
さっそく、ラズも交えてボイスチャットを接続します。
「やあ。クラン、ラズ。おつかれ」
「お姉ちゃん、おつかれさま! 残念、さっきまでレオとジュジュも一緒だったんだけど」
「ジュジュまでこのゲーム始めたのか。さては布教したのはラズだね」
「せいかーい!」
「おつかれさまです。FXOでお姉さまと会うのは、なんだか久しぶりですね」
「たまーに時間を見つけてやってはいるんだが、健康的なよいこの時間にログインするのはなかなか難しいんだ。きみらもそろそろ寝る時間だろうから、挨拶だけでもと思ってね」
「そうですね。今ちょうど解散し――」
言いかけたところで、「ねえねえクラン」と相棒が肩を寄せてきました。
「せっかくお姉ちゃん来たし、もうちょっとだけやらない?」
「うーん、それはそうしたいところだけど……」
「おや。私としては嬉しい申し出だが、そういうのは瑠生がうるさいんじゃないかい?」
「だって今日いないんだもん。水琴ちゃんとお酒飲んでるの」
「なるほど。いいねラズ、なかなか悪い子してるじゃないか」
「もう、お姉さままで」
「いいじゃん、やろうよクラン」
ラズが何を言い出すのかはだいたいわかっていたけれど、お姉さまが乗ってくるのは意外でした。
「まあ、無理はしてくれるなよ。もし怒られが発生したら私が付き合わせたと言ってくれ」
「……むう。クエストひとつだけですよ」
「やたっ。早速行こ。お姉ちゃんパーティに呼ぶね」
あまり褒められたことではないと思っているものの、全然帰ってこないお兄さまに、ちょっと反抗してみたい気持ちも……なくはなくて。
結局わたしも二人に乗っかって、思いがけずの夜ふかしに突入するのでした。
◇
「この前だってそうです! 肉じゃがの味付けちょっと変えてみたのに気付いてくれないし!」
寄ってきた敵を炎弾でぶっ飛ばし。
「知らない間に羽鳥さんとふたりでお買い物に行って黙ってるし!」
奥で突進の予備動作に入った敵を雷撃でスタンさせ。
「伊勢丹も高島屋もいいですけど、いい加減わたしはデパートじゃなくてデートに行きたいんだって察してほしいです!」
パーティ共用のゲージを勝手に消費して大魔法を発動、あたりの敵を過剰火力でまとめて爆発炎上大撃滅。
「く、クラン。オーバーキルだってば」
「なっはははははは! あははははははは! そうかそうか、クランも苦労してるね」
コストを無視してとにかく攻撃魔法を連打連打。立ちふさがるモンスターたちに激情をぶつけてゆく。
タンクにチャレンジするラズに倣って、今回のわたしはアタッカーです。代わりにヒーラーを務める鞠花さんは、後方支援しながら爆笑しています。
瑠生さんへのちょっとの反抗心から始めたはずの延長戦は、いつの間にかわたしの愚痴……というか、わがまま発表大会になっていました。
「よし、これで目標撃破数達成、と。はー……いやあ面白いものが見られた」
クエストを完了し、報酬を受領してからも、お姉さまはまだ笑っています。
「それにしてもデパートときたか。その話が今日の一番の収穫かもしれないな」
「むーっ、お姉さま!!」
「すまないすまない」
戦闘中にぶちまけてしまったものが急に恥ずかしくなってきました。
これらは全部自分勝手な言い分です。そんなことはわかっています。そもそもこんなこと、本人に直接言えばいいのに。そんなことはわかっています。それができればどれだけラクなことか。なんてめんどくさいのでしょう。
「クランはけっこう鬱憤溜まってたんだね……」
「べ、別に鬱憤ってほどじゃないってば。むしろラズは何もないの?」
「いやいや。やっぱりこう、クランのほうがぼくより『歴』を感じるなって」
その言い方だと、まるでわたしが積年の恨みを抱いてるみたいじゃないですか。
「好きだとわがままになっちゃうの。そのうちラズだってこうなるんだから」
「ふむふむ。ラズも、瑠生のことが好きなんだね」
不意にお姉さまから言われ、相棒の動きが固まります。
ラズはきょとんとした顔になったかと思うと、ぽんっと音が立ちそうなくらい一瞬で真っ赤になって、けれどはっきりと答えました。
「……うん。はっきりそう感じたのは、ついこの前だけど」
それは、先日こっそり教えてもらったハロウィンの日の出来事。
恐怖にめげそうになったラズを諦めることなく、瑠生さんが手を差し伸べてくれたという瞬間。
その場にいなくとも、お兄さまのそんな姿はありありと目に浮かぶようで――わたしは妹の変化にとても納得して、そういう人だから自分もあの人を好きになったのだと、改めて感じて――そしてちょっぴり羨ましく思ったのを覚えています。
「もちろんそれまでも好きだったよ。けど、自分のことなのにわからなくなることもあったんだ。あの人のことを特別に感じるのは、ぼくという人格がもっていたあこがれの気持ちなのか、この身体に残ってた昔のお姉ちゃんの気持ちなのか」
わたしたちの身体は鞠花さんのクローンです。
人間年齢十二歳に相当する人格であるわたしたちの器として用意されたボディには、鞠花さんの少女時代の「想い」の一部が引き継がれていて――相棒がそういう疑問を抱き続けていたことを、わたしは今年のハロウィンの後になってようやく知ったのでした。
「でも今は……これは自分の気持ちだってはっきり言える。ぼくにとけたあなたの一部が教えてくれたものを、『ラズ』は見つけたよ」
「……そうか。ああ……そうか。良かった」
お姉さまの声には、深い安堵の色が滲んでいました。
「少し心配していたんだ。私がその身体に残してしまったものが、またきみたちの枷や害になってしまわないか」
オーグドールになって間もない頃のわたしの身に起こったことが、彼女はずっと気にかかっていたのでしょう。
あのとき自分でない何かが頭の中で暴れて、からだがいうことを聞かなくなって。痛くて怖い思いをしたのは事実で、聞けばあわや生命の危機だったといいます。だけど瑠生さんも、ラズも、ラボのみなさんも――もちろん鞠花さんも。みんなが一生懸命にわたしを助けてくれて、わたしがふたたび目を開けたことを喜んでくれた。それがとても嬉しかったことも、よく覚えています。
「ちょっと戸惑ったけど、そんなふうには思ったことないよ」
「わたしもラズと同じ気持ちです。それもお姉さまがわたしたちにくれたものの一部ですから」
そして、自分が抱いた気持ちと同じだけど少し違う、かつての淡い恋心――それを知ったことこそが、自分の中の『もうひとり』を自分の一部として受け入れる、臆病なわたしにとって最後の後押しでもあったのだから。
「ありがとう。私が言うのも変な話かもしれないが……その身体を、末永くよろしく頼むよ」
そう笑う鞠花さんの姿は見えないけれど、きっとわたしの隣の相棒とよく似た顔で、優しく微笑んでいるのでしょう。
約束のクエストひとつはとうに終わりました。……だけど、今日はもう少しだけ。わたしたちはお姉さまとこっそり夜ふかしを続けるのでした。