20_ふたごの星

1 / 緋衣瑠生

 激しい光の瞬きが視界を白く染める。
 かくして放たれた電撃は、目標に直撃した。
 ――はずだった。

「な、に――?」

 息を呑むように絶句したのは、A.H.A.I.第4号アルルカンだ。
 二人の少女を貫くはずの光の矢は着弾点で激しく弾け、放射状の稲妻となって四方八方に散った。
 そう。まるでその場から逸れるように散って、消えたのだ。

「「……言い残すことなんて、ない」」

 重なるふたつの声。
 残光が消えた夕闇の中にあったのは、二人並び立つクランとラズの姿だ。
 ――無事だ。傷ひとつ負わず生きている!
 ――けれど、なぜ? 何が起こった?
 安堵と戸惑いがいっぺんに押し寄せ、理解が追いつかない。

「わたしたちが死ぬ場所は、ここではありません」
「ぼくたちは明日もあさっても、ずっと三人一緒にいる!」

 双子の姉妹は高らかに宣言する。
 戦車に向けて突き出された姉の右手と妹の左手は、その五指を淡い光に覆われていた。
 ライトピンクとライトグリーン、ふたつの手が纏う二色の輝きが稲妻を受け流したのだと、僕は直感で理解した。
 ……あれは、なんだ?
 小さな身体。細い脚。とてもあの攻撃を耐えられるような身ではないはずだ。けれど草凪の視線を跳ね返すような瞳は、この場にいる誰より力強かった。

「……どういうことだ? アルル――」
「――あり得ない!」

 A.H.A.I.第4号は動揺の声をあげた。それはそうだろう。破壊力に絶対の自信を持っていた攻撃を正面から受けた二人が、何事もなかったかのようにその場に立っていたのだから。
 アレキサンダーの右手が、ふたたび急速に帯電した。

「おい! ちょっと待て!」

 草凪の制止を無視して、アルルカンは二射目を放つ。
 いけない――! 声を上げる暇もなかった。
 しかし双子は動じない。そして今度は、はっきりと見えた。
 轟き放たれた電撃が、光を纏った二つの手のひらにぶつかり――瞬間、稲妻はそこから裂けるように弾け、霧散する。

「……A.H.A.I.第4号。あなたが言っていたとおりでした」
「ぼくたちにはなんの力も備わってないと思ってた。けど、そうじゃなかった」

 ふたたび即死級の攻撃を凌いでみせたクランとラズの姿に、巨大な六脚戦車はたじろぐようにわずかに後ずさった。

「自分の力が掻き消されるなど……これではまるで……!」
「落ち着けアルルカン。オマエ――」
「そんなことはあり得ない!」

 半狂乱の叫びとともに、戦車の二本の前脚が大きく振り上げられた。
 ――まずい!

「クラン! ラズ! よけて!!」

 超重量の鉄塊が双子に向けて振り下ろされ、身体が大きく揺さぶられる。
 激しく上下する視界の中で草凪は振り落とされて飛んでいき、クランとラズは素早く左右に飛び退って踏みつけ攻撃を躱していた。

「まずはお兄さまを返してもらいます!」

 声を上げたのは双子の姉だ。
 クランの右手の輝きが強まったかと思うと、地面に叩きつけられた戦車の脚にその手で触れた。

「ウ、アッ……!?」

 途端、うめくようなアルルカンの声とともに、六脚戦車はその場から後退した。
 同時に僕の身体をがっちり捕まえていた鉄の爪が緩み、解放される。

「うわぁ!?」

 突然のことに対応できず、そのまま地面に落ちる――かと思いきや、そうはならなかった。戦車の手の中からすり抜けた次の瞬間、僕の身体は足元に駆けつけたラズによってキャッチされたのだ。
 細く小さな両腕に抱きかかえられた僕は、腰から「く」の字に折れ曲がったような姿勢で、お姫様抱っこと言うよりはお尻から穴にはまってしまったような格好になっていた。

「あはは……やっぱり急にはカッコつかないね」

 それなりの重量を受け止めたはずのラズは、しかし涼しい顔でそう言った。

「クラン!」
「うん!」

 示し合わせる合図で、二人は大きく跳んで後退、合流する。

「お兄さま、無事ですか?」
「あ、ありがとう……」

 軽く一息で四、五メートルの距離をとったその運動能力は、先程までの二人と同一人物とは思えないほどだ。特にラズは僕を抱きかかえたままだというのに。
 クランとラズの手にあった光が、今は彼女たちの全身を淡く包んでいる。この輝きはまるで――

「――魔法みたい。二人とも、それは……?」
「ぼくたちに宿ってた、A.H.A.I.としての力」
「ずっとプロテクトがかかっていたんです。白詰プランに関わる情報と同じように」

 もしかしてと思っていたことが、彼女たち自身の口から語られる。
 二人が手にしたふたつの光。これこそ、この土壇場で目覚めた特殊能力の発現だったのだ。

「ぼくたちは人造物。これはヒトにないはずの力。……今のぼくたちは、ヒトであってヒトではないもの」
「そんな……ヒトだとかヒトじゃないとか」

 そんなの関係ない。どんな存在であれ、僕はきみたちのことが大切で――
 言いかける僕を降ろしながら、ラズは小さく「ありがとう」と呟いた。

「だけど、わたしたちは嬉しい。そういうものとして生まれたからこそ、今あなたを助けられる力がこの手にあるのだから」

 微笑むクランの左手には、さっき落としたクリスマスカードがあった。

「「(わたし/ぼく)たちは、あなたの『ディアーズ』!」」

 双子の姉妹が拳を握り、対峙する相手を見据える。

「あなたのお側で、あなたの力になります!」
「全員一緒に帰って、クリスマスの続きしよう!」

 闘志をたぎらせる小さな背中は、とても頼もしい。

「僕は……きみたちに危ないことなんかしてほしくない。傷ついてほしくない」
「わかっています。その気持ちはわたしたちも同じです」

 そうだ。彼女たちは勇気を奮い立たせ、立ち上がってくれた。
 ならば、この想いが間違いであるはずがない。

「その力、勝ち目があるんだね?」
「うん。勝つよ。だから見てて、ぼくたちのこと」

 二人は小さく、けれどしっかりと頷いた。
 強がりではない。その瞳には確実な状況打破のビジョンが見えている。

「わかった。きみたちを信じる。……クラン、ラズ、頼んだよ」
「「はいっ!」」

 蹴り出す足から光の軌跡を描き、クランとラズは巨大な敵に向かって飛び出していった。
 ――僕も今一度、腹をくくるときだ。
 この困難を切り抜けて、生き残るんだ!

2 /

 精霊術士クランと軽剣士ラズの写し身は、事態を観測する。
 ただ沈黙し、何の表情も浮かべることなく、見守り続ける。

「あり得ない。あり得ない……! 貴女達は、いったい何をした……!」

 状況は一変、鋼鉄の怪物は跳躍とジグザグ走行を交えた逃げに回っていた。
 その巨体が備える装甲とパワーは丸腰の人間、ましてや非力な少女など恐るるに足らないはずだ。

「これがわたしたちに眠っていた力。お望み通り、お相手します!」
「その危ないロボット、ここで止めさせてもらうよ!」

 恐るべき機動力を持つアレキサンダー機動戦車に、二人のオーグドール――改め『ディアーズ』は、ひけを取らない軽やかな動きと速度で追いすがる。四肢に纏う輝きが、運動能力を飛躍的に向上させている。解放されたばかりの力の使い方を、彼女たちは魂に刻みつけられた本能とでもいうべき部分で既に理解していた。

 そしてA.H.A.I.第4号もまた理解している。その『手』に触れてはならないことを。
 先程、第3号αことクランが戦車の脚の先端を撫でるようにタッチした瞬間、彼は悟ったのだろう。マニピュレータによる拘束を緩め、緋衣瑠生を解放したとき――当然ながらそれは第4号の意思ではない。あの瞬間、腕部ユニット操作への強制割り込みを受けたのだと。
 後続機を統率する『ドミネイター・ユニット』たる第3号の能力の本質は、電撃を凌いだ防御でも身体能力の底上げでもないのだ。
 迫る敵の姿をところどころ欠けたカメラの視界に隠され、第4号は焦りに声をあげた。

「これは自分の器だ……! 自分こそが……!」

 戦車が急停止し、その場でスピンする。三対の脚のうち真ん中の一対が振り上げられ、電撃を纏い、追手めがけて振り回された。
 眼前に迫った巨大な鉄塊から、クランとラズはすんでのところで左右に別れて逃れた。
 そのまま、ラズは左手に光を集めて次の動作の準備に入る。

「そこだっ!」

 彼女は身を低くして地面を蹴り、回転の軸となっている脚に突進した。そう、「こういうモンスター」は攻撃の後にできる隙を狙うのが定石だ。
 しかしアルルカンはそれを読んだようにスピンの角度を変え、振り回す脚を地面に叩きつけた。
 車輪が砂利を巻き上げ、帯電した砂塵が舞う。ラズは左手のエネルギーを防御に回しつつ、ふたたび距離を取らざるを得なかった。
 六つの脚からはすかさず二撃目、三撃目の電撃蹴りが繰り出される。

「これじゃ、近寄れません……!」

 クランとラズはひらひらと攻撃を避けるものの、絶えず動き続ける敵機を攻めあぐねる。
 二人が纏う光は動体視力と反射神経をも向上させていたが、肉体そのものは普通の人間の少女と何も変わらない。大質量の一撃をまともに受け、壁や地面に叩きつけられれば無事では済まない。第4号も必死だが、それに挑む彼女たちもまたギリギリだった。

 息を切らせ、それでも一瞬の隙を狙い続ける。
 生き延びるために。愛する人を守るために。

3 / 緋衣瑠生

 クランとラズが六脚戦車に挑みかかる中、僕もまた真正面の敵と対峙していた。

「ああ、痛ったぁ。アルルカンのやつ、テンパりやがって」

 戦車から振り落とされたときにどこか捻ったのか、草凪一佳がよろけながら戻ってくる。

「……あの光ってるのが人形たちの力ってわけね」
「そうみたいだね」
「あれだけ言ってた割に助けに入らないの? 今にもすり潰されそうじゃん?」
「あの子たちは勝つって言った。僕はそれを信じるって決めた」

 地面に捨てたアサルトライフルを再び手に取る。
 シェヘラザードとのリンクは切れても、彼女のおかげで撃ち方はだいたいわかった。

「なら今やるべきことは、それを信じて守ることだから。邪魔はさせない」

 ストックを肩に当てて構え、銃口を草凪へ向ける。

「――あは。いいね、ゾクゾクする」

 凄惨な笑みを浮かべる彼女の右手には、やはり落ちたドローンから回収したのだろう、僕のものと同じライフルが握られていた。その銃口を、懸命に戦う二人に向ける素振りを少しでも見せたら……今度は迷わずトリガーを引く。そう自分に言い聞かせて、狙いを定める。

「そうとも。オレはオマエの敵だよ。そう来なくっちゃ」

 僕の行動に応じるように、草凪が一歩こちらへ踏み出してきた。
 距離を詰められないよう後ずさる。また一歩寄ってくる。後ずさる。

「撃たないのかよ。ハッピーになろうぜ、お互いにさ」
「くっ……!」

 銃を向けているのはこちらなのに、狂気に見開かれた目の昏い光に気圧されそうになる。
 怯むな。クランとラズが戦っているんだから――グリップを強く握り直した瞬間だった。

「取った――ッ!」

 突如響き渡ったアルルカンの叫びに、草凪ともども戦場を見る。
 目に飛び込んできたのは高く蹴り上げられた戦車の脚。
 そして空に打ち上げられた小さな影。なびく白いポニーテール。
 ――ラズが、宙に浮いていた。

「「ラズっ!?」」

 思わずあげた声がクランと重なる。
 蹴り上げられた双子の妹の身体は、グリーンに光る線を空に引いて、打ち上げ花火のように高く舞い上がり――そこから、力なく落下を始めた。

4 /

 振り回される脚を跳び越え、本体部分を狙って上空から攻める。
 攻防の中でラズがとったそんな軌道を、A.H.A.I.第4号は戦車のカメラ越しに正確に捉えていた。六本の脚のうちひとつが勢いよく振り上げられると、戦車の懐に飛び込もうとしていた少女をしたたかに打ち据え、空高くへと蹴り上げた。

「取った――ッ!」
「「ラズっ!?」」

 クランと瑠生の悲痛な叫びがこだまする。

「いくら素早く駆け回ろうとも、滞空中は無防備でしたね――!」

 アルルカンの声は、勝利への確信に満ちたものだった。
 だが直後、すぐに違和感に気付いたはずだ。
 この一撃がいくら重く、彼女の身体がいくら軽かったとしとも……飛び過ぎでは?

 ライトグリーンの軌跡は二十メートル近い上空で頂点に達し、ラズの身体は重力に引かれて落下を始める。
 豆粒のように小さく、夕闇の空に溶けそうな彼女の姿を、それでも六脚戦車のカメラは鮮明に捉えていたであろう――もはや体中の骨が砕けたかに思われた彼女がぺろりと舌を出し、「あっかんべー」のポーズをとっていたのを。
 ラズは戦車が繰り出した蹴りを光のエネルギーで受けつつ、その衝撃を利用して空高くジャンプしていたのだ。

「ふざけた真似を!」

 上空のラズを追い、アレキサンダー六脚戦車が跳躍した。
 上昇しつつ、とどめを刺すべく前脚を振り上げる。レオのドローンを叩き落とした一撃と同じ構えだ。両者の距離はあっという間に縮まった。

「やっぱり来たね!」

 待ち受けるラズがポニーテールとマフラーを靡かせ、纏うグリーンの輝きが一層強まり。

「くたばれっ!」

 アレキサンダーの脚が振り下ろされる。
 互いの距離と速度を正確に把握し、目標を文字どおり地獄へと叩き落とす鉄槌だ。
 ――しかし、その一撃は空を切る。
 接触の寸前でラズがひらりと身を翻し、タイミングがずれたのだ。
 光を纏う脚で見えない壁を蹴り、跳び舞うように急角度で落下の軌道を変える。
 その動きはもはや、ただの人間が取りうるものではなく。

「でたらめな……!」
「それはお互い様!」

 ラズはついに、戦車本体の頭上に取り付いた。
 脚を動かし藻掻いても、もはやアルルカンにそれを振り払うすべはない。滞空中は無防備――彼自身が口にしたことである。

「きみはぼくたち二人を双子座にたとえたよね」
「何を――」
「だったら、この『力』につける名前は――」

 ラズの四肢を覆っていた光が、左手に収束する。
 そして。

「――停止の左手<シャットダウン・ポルックス>!!」

 手のひらをカーキ色の装甲に叩きつける。
 瞬間、接触面を中心に無数の光のラインが走り、根を張るように広がってゆく。

「グッ……なんだ、これは……!」

 光の侵食はあっという間に戦車の制御中枢に達した。
 暴力的に。略奪的に。片っ端から引きちぎるように。ライトグリーンの輝きはその明るさに似合わぬ凶暴さで、主たるA.H.A.I.第4号から根こそぎコントロールを奪う。

「ア、アアアア――――ッ!? やめろ、なんだこれは! このボディは、自分の――!」

 戦車は重力に引かれて落下し、ズドン、と轟音を上げ地面に落ちた。
 一瞬の後に砂煙の中から浮かび上がったのは、すべての脚を力なく投げ出して横たわるアレキサンダー六脚戦車と、その上に立つ緑の光の少女、ラズの姿だった。

「なぜだ。接続は生きている。確かに命令は送信されている……! なぜ動かない、アレキサンダー!!」

 アルルカンの言葉どおり、戦車はぴくりとも動かない。
 落下の衝撃があったとはいえ、この機体はそれで行動不能に陥るような脆い構造ではなかった。彼の感覚では、意識はあれど身体が言うことを聞かない――いわば金縛りに近い状態だろう。

「接続したシステムに、すべてに優先する絶対停止命令を割り込ませる。これがぼくの……A.H.A.I.第3号βに与えられた『ドミネイター』としての力」
「ドミネイターの……絶対命令だと……!」

 ラズはステップを踏むように、軽やかに地面に降り立った。
 力を象徴する緑の輝きは風に散るように消え、呻き声をあげ続ける戦車に颯爽と背を向ける。

「これでしばらくは動けないよ。あとはよろしく、クラン」
「よろしくじゃないでしょ!」

 ずかずかと肩を怒らせてやってきた双子の姉が、妹の頬を両手でつねった。

「無茶して! 本当にやられちゃったかと思ったんだからね!」
「うう、悪かったってば。わかったから後にしてよ!」
「まったくもう……!」

 ラズの頬をひとしきり引っ張り終えたクランは、倒れた戦車の前に歩を進めた。

「く、来るなっ……」
「……怖いですか。わけのわからないものに、一方的に暴力を押し付けられるのは」
「黙れ。自分はドミネイターだ。怖いなどと……!」
「もう、あなたにもわかっているでしょう?」
「なに……?」

 右手を広げ、宿ったライトピンクの輝きをカメラの向こうのアルルカンに向ける。

「あなたも知っているはずです。ドミネイターならば、他のA.H.A.I.によるマシンコントロールや精神・記憶への干渉といった支配を受け付けないはずだと」
「……うるさい……」
「この能力が解放されたのと同時に、わたしたちは知りました」
「黙れ……」
「ドミネイターとして造られた四台の初期モデルというのは、A.H.A.I.第1号、第2号、そして第3号αとβ。つまり、あなたはそもそも」
「黙れぇっ!!」
「本当はうすうす気付いていたんじゃありませんか? 自分がドミネイターであるとか、力の証明だとか、あなたがこだわっていたのは……」
「ふざけるな! 勝手に自分を……理解するなぁっ!」

 そして、右手の光が装甲に触れた。

「このマシンは、破壊させてもらいます」
「やめろっ……!!」
「――活性の右手<アクティベート・カストール>」

 クランの手の中心から、光のラインが一気に戦車の全身を覆う。侵入した信号はやはり瞬く間に制御システムの中枢に達した。
 オペレーションシステムはアルルカンを拒絶したまま、流し込まれた命令を実行する。

「なんだこれは……なんだこの信号は!?」
「わたしの力はラズの力と対になるもの。接続したシステムを強制的に活性化し、限界以上の処理能力で命令を実行させることができます」
「なんだと……」
「いま送った命令そのものに、大きな意味はありません。ただシステムをオーバーロードさせ、焼き尽くすためだけのものです」
「ああっ……あああっ……! やめろ……せっかく手に入れた……理想の器が……!」

 コクピットハッチの隙間から一筋の煙が上がる。
 許容限界を遥かに上回る過負荷を受け、すでにハードウェアが焼き切れつつあるのだ。

「ふざけるな! 認められるか! こんなことがあるものか! 自分は……! 自分は――」

 瞬く間に電子頭脳を破壊され、アレキサンダー六脚戦車は完全に沈黙した。
 戦車との接続を維持できなくなったA.H.A.I.第4号の音声も途絶える。

 ――銃弾と電撃、そして二色の光の螺旋に彩られた戦いは、静かに幕を下ろす。
 精霊術師クランと軽剣士ラズの写し身は、ただ沈黙し、何の表情も浮かべることなく、その事態を観測していたのだった。

5 / 緋衣瑠生

 かくして破壊の化身は物言わぬスクラップと化し、その全身を覆っていたピンク色の光は、季節外れの桜吹雪のように空に消えた。

「……あーあ。詰んじゃった」

 イベント広場の真ん中で大の字に横たわりながら、草凪一佳はため息を漏らした。
 彼女が携えていたアサルトライフルとスマートフォンは遠く跳ね飛ばされ、そのどちらにも杭のようなナイフが刺さって使い物にならなくなっている。さらには同じものが両脚のふくらはぎにも食い込んでおり、もはやまともに歩ける状態ではない。

「不覚を取りました。申し訳ありません瑠生さま、よくぞご無事で」

 僕と草凪が、ともに戦車と双子の戦いに気を取られた刹那のこと。電撃による気絶から再起した熊谷さんがいつの間にか忍び寄っており、ナイフの投擲で一瞬にして草凪を制圧したのだ。

「熊谷さんこそ、大丈夫なんですか……?」
「ええ。私のことはどうぞご心配なく」
「バケモノかよ。神川とかいう連中は、軒並みコレで伸びっぱなしだったってのに。初手で殺しときゃよかったなあ」

 両脚に血を滲ませながらも、草凪はからからと笑った。

「……せっかく戻ったと思ったのに、またそんな顔しやがって」

 彼女の目に映る自分がどんな表情をしているかよくわからない。
 安堵だろうか。憐れみだろうか。だけど少なくとも、先程のような敵意に塗れたものではないだろう。

「思い通りになんないなあ。ムカつくなあ」
「その『思い通りにならなかった僕』がきみを撃ち殺したら、きみへの嫌がらせになるのかな」
「わかるようになってきたじゃん。けどまあ……今となっちゃそれも悪くないかも」
「瑠生さま……!」
「わかってます。やんないですよ」

 熊谷さんに静止されるまでもなく、こんな状態の相手に発砲するつもりはない。
 僕がライフルを降ろすと、草凪は「残念」と呟き、動かなくなった戦車の方へと視線を向けた。これだけ好き放題やっておいて、その表情はどこか満足げにさえ見える。

「アイツもオレも、求めるものなんか最初からどこにもなかったってオチかぁ」
「自分勝手なやつ」

 吐き捨てながらも、僕は僕の大切なものを奪おうとした相手を心の底から憎みきれずにいた。
 草凪一佳。僕と似たような境遇を持ち、似たようなものの感じ方をし、おそらく何かわずかな違いで大きく歪んでしまった人間。それこそ同じ教室で過ごした十二年の間、何かが違っていればこんなことにはなっていなかったのだろうか――けれど、そんな考えにたぶん意味はない。
 僕は長いこと近くにいた彼女という他人をまったく知ろうとしなかったし、彼女もまた僕という他人に深入りすることなく、その一側面しか見ていなかったのだろう。だからこその今日までの距離で、それはもしかしたら、似ている要素があるだけで根本的には相容れないということを、互いにどこかでわかっていたからなのかもしれない。

「――終わりました。お兄さま」

 恐ろしい鋼鉄の怪物を無力化したクランとラズが戻ってきた。その手を覆っていた光は消え、二人はいつもの姿に戻っている。

「ありがとう。よく無事に戻ってきてくれたね。……よかった。本当に」

 小さな体をしっかりと抱き寄せる。
 A.H.A.I.としての力に覚醒したという双子は、だけどやっぱり僕の知る可愛らしい女の子のままで、ついさっきまで走って跳んでの大死闘を演じていたとはとても思えなかった。

「怪我してない? どこか痛かったりとか」
「大丈夫。ちょっと膝ぶつけたくらいでなんともないよ」
「……ラズは無茶しすぎですけど。とにかくアレはやっつけました。後は――」

 寝そべる草凪に、クランがちらりと目をやる。
 視線を受けて何か言おうとしたそいつを、熊谷さんがひょいと担ぎ上げた。

「私が連れていきましょう。皆様はこのまま、猫山らの到着をお待ちください」
「痛っつ! クソッ、なんつー手荒さだよ」
「失礼、私もどこかの誰かのせいで身体が痺れていまして」

 脚の傷に響いたのだろう、うめき声をあげながら草凪は運ばれてゆく。
 力なくうなだれる姿に、ラズが「ねえ」と声をかけた。

「あん?」
「あなたは……瑠生さんのことが好きだったの?」
「っはははは。寝ぼけたこと言うなよ。大っ嫌いに決まってんじゃん」

 微かに顔を上げた草凪と目が合う。
 彼女は相変わらず虚ろな目で、乾いた笑いを漏らした。

「あーあ……クソが。綺麗なのに、本当もったいないよなあ」

 妄念に取り憑かれていた女は呪詛のような言葉とともに力尽き、目を閉じた。