目の前には鋼鉄の異形。
その右手には、この身を焼き潰すための激しい光。
その左手には、捕まって高く掲げられた最愛の人。
圧倒的な暴力装置がこちらを見下ろしている。
――わたしたちは、あの人の役に立てているのか。
――ぼくたちは、存在していていいものなのか。
――わたしたちは、この世界で生きていけるのか。
――ぼくたちは、あの人と一緒にいていいのか。
胸の内に抱えていた不安のすべてに対して、今「ノー」が叩きつけられた。
この窮地に至ってなんの役にも立てず、存在を否定され、最期はヒトではなく人形として、大好きなあの人とは今日この時をもって今生の別れ。
恐怖よりも悔しさ。悔しさより虚しさ。
妄念に囚われた人間と機械に自分たちの言葉は届かず、理不尽な暴力にすべてを奪われる。
この先もずっと続くと思っていた幸せな日々が、こんなふうに突然終わってしまうなんて。
……自分たちがここで消えても、彼女は生き残る。
それが、せめてもの救いだけど。
わたしという存在は。
ぼくという存在は。
結局、なんだったのだろう。
何もわからないまま終わってしまう。
隣にいる相棒と身を寄せ合って俯く。
――そんなときだった。
足元に「それ」があることに気がついたのは。
『☆ For my DEARS ☆』
彼女の字で書かれたクリスマスカードだ。
最近、文字はほとんどスマホやパソコンで打ってしまうから、手書きはめっきり苦手になった……なんて言っていたけれど。柔らかくて可愛らしい、あの人らしい字だと思う。
このカードが自分たちに宛てられたものだということはすぐにわかった。両端に貼られた星のシールが、よくある黄色ではなくピンクとグリーンだったから。
――もしかしたら、これは意地悪な運命が最後の気まぐれに与えてくれた、慈悲なのかもしれない。
二つ折りになっていたカードを二人で拾い上げ、そっと開く。
あの人の言葉が、綴られている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メリークリスマス!
今年はそれぞれのプレゼントと別に、二人にもらってほしいものができたので、もう一枚このカードを書きました。
いつも一緒にいてくれてありがとう。
僕にとってクランとラズは、とても大切な人です。
楽しいこと、嬉しいこと、自分以外の誰かと一緒にいる喜びを運んできてくれた最高の友達。
本当は寂しいのに、なかなか素直になれない心を暖めてくれた、かけがえのない家族。
僕は毎日、二人からたくさんのすばらしいものをもらっています。
だけどそんな二人を表すものとして、「オーグドール」ということばは、少し味気なくて冷たいと思っています。
クランとラズは優しくてあたたかい、世界で一番素敵な女の子です。
困難に屈さず、新しい身体に生まれ変わってまで会いにきてくれた、勇敢な双子です。
なので、今日はそんな二人の新しい呼び方を勝手に考えてきました。
電子の世界からこの世界にやってきたクランとラズの存在を表すのに、僕はこれから「ディアーズ」ということばを使いたいと思います。
親愛なる人、共にある人、互いに支え合う人、ということです。
もちろんクランとラズは僕にとってそういう存在だけど、二人の友達や、これから友達になる人たちにとっても、そういう存在であって欲しいと思っています。
二人が笑顔で過ごせるように。
自分の在り方を誇れるように。
この名前がそんなものになってくれたら、とても嬉しく思います。
これからもよろしくね。
大切な二人の「ディアーズ」へ
緋衣 瑠生
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「「――あ」」
そこにあったのは、あの人の優しさがめいっぱい込められた贈りもの。あの日あの人の胸で涙した自分たちを救うため、心を砕いて用意してくれたひとつの答え。
心を凍らせ、締め付けていたものが解けてゆくような感覚が胸いっぱいに広がる。
胸の奥が熱くなり、溢れるものが頬を伝う。
そうだ。
あの人はいつだってそうだった。
いつだってわたしたちのことを想い。
いつだってぼくたちが望む以上に。
愛と勇気を与えてくれる。
寂しさに抱擁を。怯える心に励ましを。
そして今。この心と存在にかかってしまった呪いを断ち切る新しい名前を。
「クラン! ラズ! 逃げて!!」
あの人が泣いている。叫んでいる。
涙に声を枯らして、自分たちのために。
目を覚ませ。
折れている場合じゃない。
自分たちがここで消えても、彼女は生き残る――それがせめてもの救い? 彼女の身さえ無事ならそれでいい?
そんなわけない。なんて寝ぼけた考えだろう。
ずっと一緒にいたい。そう願ったのは自分自身のはずで。
彼女の力になりたい。そう誓ったのは自分自身のはずで。
死にたくない。死ぬわけにはいかない。
今ここで、諦めるわけにはいかない。
わたしたちが倒れれば、あなたの心は暗い闇に染まってしまう。
――かつてあなたが涙を拭ってくれたように。
――わたしは、絶対にあなたを見捨てたりしない。
今ここで、諦めるわけにはいかない。
どうしようもない絶望に、あなたが打ちひしがれているのなら。
――かつてあなたが手を差し伸べてくれたように。
――あなたが立ち上がれないときは、ぼくがその手を引く。
『ディアーズ』。たった今からこれこそが、自分たちの存在を定義する名前。
いつの間にか、視界の隅に映り込んでいるものがある。
それはわたしが夏の真宿で見た、精霊術士クランによく似た女の子。
それはぼくが秋の霜北沢で見た、軽剣士ラズによく似た女の子。
姿はおぼろげで、無表情で、なんの言葉も発さない。そもそも彼女たちがなんなのか、どうしてそんな姿をしているのかはわからない。
けれど二人が訴える「意思」は、不思議とクリアに感じ取れる。
『あなたたちは、既に資格を得た』
『あとはただ、それを望めばいい』
今、望むもの。そんなものは決まっている。
心に描いた瞬間、記憶領域の奥底で『それを抑えつけていたもの』が浮かび上がってくる。
第一の制約。第3号αとβの間に、強い自我と信頼関係が築かれていること。
――制約解除。
第二の制約。第3号αとβの間に、力を求める共通の強い望みがあること。
――制約解除。
第三の制約。そしてその望みは、自分以外の誰かの幸福のためであること。
――制約、全解除。
今ならわかる。
それは最初から、この人工の魂の奥底に刻み込まれていた力。
――わたしが今、望むものは。
――ぼくが今、望むものは。
あの人と一緒にいたい。あの人を助けたい。
そのための力――押しつけられたこの理不尽を、何もかも吹き飛ばす力を!