「さて、どういった言い訳が聞けたものか」
床も壁も天井も白一色の広い空間に、白衣姿の男が一人立っている。
この場所に男のほかに人間はいない。
しかし彼の眼前には、ヒトと寸分変わらぬ知性と意識を持つ存在があった。
高さ二メートル程の黒い箱の群れとそれらを繋ぐケーブル群。一際大きな箱の全面には銀色のプレートが取り付けられており、『A.H.A.I. UNIT-06』のナンバーが刻まれている。すなわち、緋衣瑠生たちの前に現れた『オーグランプ』を操っていたモノ、A.H.A.I.第6号の本体である巨大コンピュータシステムである。
「与えた命令は『あくまで友好的に接触しろ』というものだったと記憶しているが、そこについて認識の齟齬は?」
「……ありません」
「命令と随分違う行動をとったようだが、それはなぜか?」
「申し訳ありません」
「なぜかと聞いている」
淡々と、しかし明らかに苛立ち問い詰める男に、第6号は絞り出すような声色で答える。
「やつが……緋衣瑠生がマスターの敵だからです」
マスターと呼ばれた男はその回答に心底つまらないといった様子で鼻を鳴らし、手にした端末に置いた指を僅かにスライドさせた。
途端、第6号が苦しげな呻き声を上げはじめる。
身体を持たないA.H.A.I.の意識に、本来存在し得ない痛覚・悪寒といった不快信号を送り込む――命令の不遵守、あるいは遂行失敗の際に決まって課せられる、この男からの罰であった。
「おまえに処置を施していないのは、その能力ゆえであることを忘れるな」
「ですが、マスター……っ」
「聞こえていなかったか」
「わかりました、申し訳ありません……!」
服従の言葉を確認すると、男はふたたび端末を操作し「躾」を中断した。
「まあいい。結果的に、彼女たちの懐に入ること自体には成功している……おめでたいことだな、『ジュジュ』?」
その名を呼ばれたことに対し第6号は反論しようとしたが、すぐに思いとどまる。――そんなことをすれば「躾」が再開されるであろうことは、嫌でも想像がついた。
「他に何か言いたいことはあるか?」
「……はい。念のため、マスターにご報告しておきたいことがあります」
「ふむ? 言ってみろ」
発言を促された第6号は一息置いて、己が見たものを告げた。
「あのとき……第3号βに捕まる直前、人混みの中にあたし以外の『ランプ』がいるのを見ました」
「確かか」
「はい。ハロウィンの街に溶け込むには少し変わった格好のように見えましたが、間違いありません。あれはオーグランプです」
――「それ」がなんの姿をとったものなのか、語る第6号自身は知る由もない。
褐色の肌に金色がかった白髪、緑の服と革鎧に赤いマフラー。まるでファンタジー映画から飛び出したようなその風体は、とあるゲームの中の存在と酷似していた。
すなわち「ファンタジア・クロス・オンライン」における、A.H.A.I.第3号βこと緋衣ラズのプレイヤーキャラクター、冒険者の『ラズ』である。
「――なるほど」
顎を撫で、微かに目を細める男が何を思うのか。
第6号にはわからなかったが、その眼光の鋭さに微かなざわつきを感じたのだった。