13_思慕のパンプキンパイ

1 / 緋衣瑠生

 人工人格にマシン以外の身体を与えるもうひとつの可能性。
 大気中に存在する霊媒物質『エーテル』を凝集し、そこに人工的につくられた人格を宿した存在。
 ただし現段階では完全に確立された技術ではなく、人間に目視可能な像を結ぶことはほとんどできず、物体に接触することもできない――

「それが『オーグランプ』。ぼくが今『思い出した』限りではこんな感じ」

 ラズはA.H.A.I.第6号の正体をそう語った。
 穂村想介氏に連れられて僕たちがやって来たのは、駅前に設置された霜北沢ハロウィンイベント本部の一角、プレハブ建ての簡易事務所だった。
 僕たちと穂村氏で事務所内のテーブルを囲んだところで、第6号本人からラズに『記憶の鍵』となるキーワードが与えられ、彼女の脳内に秘められていた情報が解禁されたのだ。

「ここで言う『エーテル』っていうのは、特定の分子を指すものではないわ。酸素や窒素で構成された大気の中にも、ヒトの意志とか魂とかが乗りやすい部分っていうのがあって、それを便宜上エーテルって呼んでるの。それを集めてあたしの思考するイメージを乗せてる、人工的な生霊ってとこね」

 そんな補足説明がテーブルの中央に置かれた黒い円柱状の装置から聞こえてくる。声は追いかけっこの中で散々聞いた第6号のものだ。例によって本体となる大型コンピュータ群は別の場所にあり、この加湿機のような機械が、今の彼女の仮の身体であるという。

「さっきのって、そんなオカルトじみた存在だったんだ……」
「だから最初からオバケだって言ってるのに。……オーグランプは、まだマシン本体から独立した存在にはなれないの。今のところ本体からこの端末を経由して、一時的にさっきみたいな像を出すのが限界」

 それが限界だと言うが、とんでもない話である。ひどく手を焼かされた挙げ句、刃物まで振り回された側としてはたまったものではない。
 思わず不満を述べたくなったところで、はいはーい、とラズが手を上げた。

「ぼくの頭の中にあった情報だと、オーグランプは人の目にほとんど見えないし、物体と接触できないことになってるんだけど」
「あたしは特別。その常識を覆す力を持って造られたの」

 すでに常識ではないのだが、黙って聞いておこう。

「最新技術の結晶、力の名前は『霊体操作(ゴースト・マリオネット)』。あたしには、オーグランプ操作に特化した能力が与えられてる。少しの間なら物理干渉ができるし、可視化できる時間もぐっと長くなってる。あんたたちが見たとおりね」
「じゃあ短時間だったら、レオとかシェヘラザードもオーグランプになれるの?」
「専用の装置がないと無理。で、それはあたししか装備してないはずなんだけど……」
「んー、そっかあ」

 ラズが少し残念そうに、テーブルに頬杖をつく。
 第6号は金髪の少女の姿をとっていたが、他のA.H.A.I.たちがオーグランプとなった場合、どんなビジュアルイメージで現れるのだろうか。確かにちょっと気になるところではある。

「穂村さんはこのことを?」
「幽霊のような分身を出せる、ということは知っていましたが、今の説明にあったような詳しいことや、物理的な接触ができるというところまでは。今日も、あくまで立体映像に混じってちょっとした賑やかしをお願いしたはずだったのですが」

 困ったように加湿機状のユニットを見つめる穂村氏の様子からしても、やはり今回の件もA.H.A.I.が独断で暴走を起こした結果らしい。

「それがなんでこんなことに……第6号、きみは何がしたかったの?」
「別に。ちょっと遊びたかっただけって、これも最初に言ったじゃない」

 第6号の声色はなぜかキレ気味だが、キレたいのはこちらのほうである。

「どうも貴女がたの存在は知っていたようですから、仲間に構ってほしかったのでしょう。この通り素直じゃない子で……本当にすみません。破損した物品などは、私のほうで弁償しますので。第6号、もう今日のようなことはしてはいけませんよ。無論わかっていますね?」
「……はい、マスター」

 当然のことなのかもしれないが、管理者に従う声は素直だ。
 ……しかし、首筋に触れた指から感じた敵意、チェーンソーの刃に乗せられた殺意はただならぬものがあった。今日の出来事は、本当に彼女にとってただの遊びだったのだろうか……?

「じゃあ第6号も、これでぼくたちの仲間ってことで。今後ともよろしくね」
「ちょっ……あんた軽いわね!? 気安く触んないでくれる?」
「仲良くできるならそのほうがよくない?」

 僕の疑念を知ってか知らずか、ラズは楽しそうに加湿機をぽんと軽く叩いた。
 第5号のドローン事件のときにも感じたことだが、彼女は「きょうだい」への仲間意識が特に強いように思う。

「なによ、さっきはべそかいてたくせに」
「ふふーん。最終的にはぼくたちが勝ったもんね」
「あァ!?」
「ねえねえ、第6号って名前ないの? レオとかシェヘラザードみたいなの」
「どうでもいいでしょ、そんなの」

 鬱陶しそうな声色の第6号を、ラズは構わず「ねえねえ」と突っつき続ける。

「呼びにくいじゃん、ないの?」
「うっさいわね、ないわけじゃないわよ!」
「じゃあ教えてよ」
「ああもう、あたしは……ジュ、……ジュ……」
「ジュジュ?」
「……うぅ。じゃあもうそれでいいわよ」
「じゃあってなんだよ、違うの?」
「もー、しつこい! いいって言ってんでしょ!」

 ――なにか言い淀んでいた気はするが、A.H.A.I.第6号あらためジュジュ。
 起こった事態が事態なので不安は残るものの、ラズに翻弄されている様子はやはり、彼女と同年代の子供のように思える。
 僕たちはひとまず第8号の件と同様、能力行使の制限と情報提供の約束で一旦の手打ちとし、ジュジュの処遇は穂村氏に任せることにしたのだった。

 A.H.A.I.第6号の管理者こと穂村想介は、僕の産みの両親とそう変わらない歳だという。であれば五十歳ほどということになるが、見た目はそれより随分若く見える。
 彼にもっとも尋ねたかったのは、生前の白詰夫妻のことについてなのだが……アストル精機で彼らが何をしていたのかについて、得られた情報はほんの僅かだった。
 穂村氏は誠一と結愛が結婚する一年ほど前から交流があり、ときどき会う機会があったそうだ。だが、二人は自分の仕事について多くを他人に語ろうとはしなかったらしい。ただ両親ともに営業や経理ではなく、なんらかの研究開発に携わっていたことだけは確かだという。

 さらに穂村氏の話によれば、彼は幼少期の僕とも会ったことがある。
 A.H.A.I.第3号を研究調査していた義姉・緋衣鞠花。
 試験運用のために第5号を託された高校時代の先輩・羽鳥青空。
 第8号は小学生時代の恩師・山羊澤紫道こと猿渡啓典。
 そして第6号の穂村想介。
 ――A.H.A.I.に関わる人物は、またしても過去に接点があった相手ということになる。偶然にしては、できすぎていないだろうか――?

「瑠生さん、考えごとしてる?」

 イベント本部を後にして、クランたちと合流すべくキッチン・ロブスタへ向かう道中、隣を歩くラズが顔を覗き込んできた。

「今日はいろいろあったからね……いや、まだお昼になったばかりのはずなんだけど」
「確かに。お昼かぁ、お腹空いてきちゃった」
「さっきシュークリーム食べてなかった?」
「あんなことあったんだもん、もう消化しちゃったよ」
「あれどうだった? あのお店ときどき前通るから気になってたんだけど、僕はまだ食べたことないんだよね」
「美味しかった! 外の生地がちょっとサクサクしてるの」

 いつもの調子で明るく振る舞いながらも、ラズはなんだか少しきょろきょろしている。何か言いたいことがあって、切り出し方をうかがっているときの仕草だ。

「ラズ、ちょっとそこ座ってかない?」

 通りがかったのは最初に見た立体映像、巨大なジャック・オー・ランタンが踊る広場だ。端っこに設置されたベンチにちょうど空きがあったので、二人でそこに腰を下ろす。

「何か気になりごと?」
「あ、えと。たいしたことじゃ……なくもないんだけど」

 誤魔化すようにもじもじとしていたラズが、こちらをまっすぐ見上げて微笑んだ。

「その、瑠生さん。ありがとうって言っておきたくて」
「うん? 何かお礼をされるようなことあったっけ?」
「……さっきね。ジュジュが暴れて、レオの猫が壊されちゃったとき……あのときすっごく怖かったんだ。身体が震えて、涙が出ちゃって……あんなに張り切ったのに、全然力になれなくて」

 ラズは静かな声色と苦笑いで、そのときの無念を語る。
 けれど、すぐに白い歯をにっと覗かせ、いつもの笑みを見せてくれた。

「だけど瑠生さんが『おいで』って言ってくれたから、立って、頑張れたよ」

 弾むような喜びの色に満ち、こちらまで嬉しくなってしまいそうなほどキラキラ輝く無垢な瞳に、しかし一縷の罪悪感が胸を刺す。

「怖いのは当たり前だよ。ごめんねラズ、あれがどれだけ危険な相手かもわからずに、きみを連れてきちゃった」
「そんなこと言わないで! ぼくは――」

 一転して縋るような目をするラズの頭を、僕はそっと撫でた。

「うん、わかってる。ラズがいてくれなかったらダメだった」

 結果として第6号にあれ以上の破壊行動をする意思はなく、素直に暴れるのをやめた。とはいえ僕がとった行動は、双子の身を預かり守るべき保護者としてはとても誉められたものではない。
 けれど、ラズと僕の気持ちはきっと同じだ。
 危機的な状況で、最も信頼する相手が呼びかけに力強く立ち上がり、応えてくれた。心が通じ合ったようなあの感覚が嬉しかったのだ。

「手をとってくれてありがとう。すっごく心強かった」
「……うん! うん! ぼくも!」
「ジュジュ捕まえたとき、かっこよかったよ」
「……くぅぅ〜〜〜〜っ……!!」

 僕の右手を捕まえて、ラズはベンチに座ったままぱたぱたと足踏みをした。溢れる喜びを身体いっぱいに示す姿には、いつものことながら頬が緩んでしまう。

「お兄ちゃんのおかげだよ。勇気が出せたのは、あなたがぼくを諦めないでくれたから」

 満面の笑みのまま、真っ直ぐに僕を見つめてラズは言う。

「――ありがとう、信じてくれて」

 目を細めてつぶやくその顔は、かわいいだけではなく――なんだかとても、綺麗だと思った。

「……思わずお兄ちゃんって言っちゃった」
「いいよ。特別ね」
「えへへ、やった。……ねえ、瑠生さん」

 照れ笑いしていたラズの表情が、不意に真剣なものになった。

「また今日みたいなことがあっても、そのときは側にいさせて」
「うーん……今日はなんとかなったけど、もしまたああいう相手が出てきたら、やっぱり僕は渋ると思うよ。危ないとわかってるところに行かせたくはないかな」
「……だよね。そうやっていつも守ってくれるの、すっごく嬉しい」

 右手を包む小さな両手に、ぎゅっと力が込められた。

「だけどね。守られるばっかりじゃなくて、肩を並べて一緒にいたい。今はまだ弱くて、知らないことばっかりで、身体もちっちゃいし……さっきはびびって動けなくなっちゃったけど。でも、もっと強くなるよ。いつかぼくが瑠生さんを守れるくらいに」

 そう語るラズの眼差しは、第6号の追跡に同行を申し出たときよりさらに真っ直ぐで。
 歪むことなく力強く、まっすぐに伸びた夏のひまわりのようだ。

「なんか……ラズもたくましくなったね」

 クランとラズがうちに来て間もない頃のことを思い出す。
 今となっては双子のいる生活にすっかり慣れたが、最初はうまくやっていけるのかと悩んだりもして――けれど彼女らはその頃から、ずっと僕の力になろうとしてくれていた。
 その根っこは変わらないまま、彼女は今こんなにも強い光を瞳の奥に宿している。

「嬉しいな。ラズ、ここのところ僕とクランを残して、すぐひとりでどっか行こうとしちゃうからさ。ちょっと寂しかったんだよ」
「えっ、うっ、それは……ええと。なんていうか……」

 僕が何気なく口にした言葉に、ラズは急に目を白黒させて顔を逸らし、しどろもどろになってしまった。

「ぼく、もうそれはしないよ」
「ああゴメン、気にしなくていいよ。ラズだって都合とか、したいこととか色々あるだろうし」
「そ、そうじゃなくて……もうしないというか、できなくなっちゃったかも」
「うん?」

 なんだか歯切れが悪く要領を得ないことを言うその頬が、心なしか赤く染まっていって――などと思う間もなく、双子の妹は唐突に立ち上がった。

「ほら! いま言いたいことは言えたからさ、そろそろ行こう!」
「ラズ?」
「ね、瑠生さん!」
「……そうだね。クランと先輩も心配してるかもしれないし」

 あまり待たせすぎても良くないだろう。それから、事態の収拾に協力してくれたレオやシェヘラザードにもお礼を言わなければ。
 ラズに続いて立ち上がると、背を向けてぴょんぴょんと跳ねていた彼女がまたしてもいきなり「あっ」と声を上げて振り向いた。

「……そういえば。さっきジュジュ捕まえるときに、変なもの見た気がするんだよね」

2 / 緋衣クラン

 卓上のカップに満ちるダージリンティーが、香り高く湯気をたてています。
 窓際のボックス席はキッチン・ロブスタに来るとよく案内される、わたしにとって半ば指定席感覚の場所です。いつもと違うのは、向かいに座っているのが相棒のラズでも瑠生さんでもなく、A.H.A.I.第5号レオの管理者にして今はご近所のお姉さん・羽鳥青空さんであるということ。

「クランちゃん? そ、そんなに緊張しなくても……」
「緊張してるわけでは、な、な、ないですっ」

 お兄さまとラズから第6号を無事に捕まえ、事態が収束したとの連絡を受けたのが十分ほど前。このままキッチン・ロブスタで合流することになったわたしたちは馴染み深い客席に移動したのですが、ひと安心したのも束の間。
 ――そういえばわたし、この人のことをあまり知りません。
 危機が去った今、いったい何を話せばいいのか……!

「こうやってクランちゃんと二人になることって、今までなかったかもですね。初めて会った頃はすごく警戒されてて、驚いちゃいましたけど」
「ま、まだあなたを信用したわけではないですっ」
「私は仲良くしたいんですけど、まだまだ壁は厚そうですねえ……」
「うぅっ、べ、別に仲良くしないとも言ってませんっ」

 こんなに刺々しく接するつもりではないはずなのに、なぜかこうなってしまいます。
 かつて、ごく短期間とはいえ瑠生さんの隣にいたひと――その登場に最初こそ警戒していましたが、気さくで良い人だし、わたしやラズにも優しく丁寧に接してくれるし、本人の宣言どおり、別にわたしたちから瑠生さんを取ろうとするでもなし。
 さっきだって介抱してもらったのに……これじゃわたし、ただの嫌な子だ。

「……わたしこんななのに、羽鳥さんはどうして仲良くしようとしてくれるんですか?」
「うーん、なんとなく? なんでかそういう子ほっとけないというか、構いたくなっちゃうんですよねえ。瑠生ちゃんも割とそんな感じでしたし」

 そういえば、お友達の水琴さんからも断片的に聞いたことがあります。高校時代の瑠生さんは今よりずっとピリピリした雰囲気だったとか……。瑠生さんは昔どんな子だったのか、本人にそれとなく尋ねたことはあるのですが、その手の話題は決まって途中ではぐらかされてしまうのです。

「そうそう、そうやって頭抱えて唸ってるところとかもそれっぽい」
「むーーーーっ……」

 過去の瑠生さんについて、羽鳥さんの口から語られるとなんだかそわそわと落ち着かない気持ちになってしまいます。
 わたしが知らない彼女を羽鳥さんは知っている。かといってこの人にそれを尋ねるのも、なんだか負けたような気がして……筋違いだとわかっていても、ずるい、と感じてしまいます。

「結局、自分とくらべちゃうんです。わたし羽鳥さんみたいにしっかりしてないし、できないことばかりで、臆病で、昔のことも知らない……自分には何もないって気になっちゃうんです」

 たとえば瑠生さんの隣に羽鳥さんがいるところと、自分がいるところをそれぞれ想像してみる。片や落ち着いた、有能な大人のお姉さん。片や人見知りで怖がりの、無力な子供――わたしの姿はあまりに頼りない。
 要するに、わたしにはこの人よりお兄さまに相応しい相手にならなければならないという気持ちがあって、それを成す自信がないのです。好きだという気持ちだけで背は伸びないし、力も知恵もスキルも急にはつかない。その焦りをこんなふうにぶつけて、なんて情けないんだろう。

「そうでもないと思いますけどねえ」
「今日だってそうです。ひとりで倒れて、羽鳥さんに助けられて」
「ここへ助けを呼びに来ることを思いついたのは、クランちゃんじゃないですか」
「でも、それしかできてないです」
「私にはできなくて、クランちゃんにはできたことです」

 結果的にラズとお兄さまを助けるベストな選択だったかもしれませんが、無関係な人を巻き込んだ後ろめたさもつきまといます。

「さいわい怪我人は出てないそうですから、よしとしましょう。……というか、なんだか過大評価されちゃってるっぽいですけど、私だって一人じゃなんにもできません」

 羽鳥さんは少し困ったような顔で、手元のティーカップを覗き込みます。

「アウタースペースが大きなSNSに成長できたのは、レオくんや同じ会社で働くみんなの力、使ってくれるユーザーのみなさんあってのこと。私だけではたいしたことはできません。家での生活も適当でだらしないですし」
「そうなんですか? なんだか意外です」

 わたしが言うと、羽鳥さんの懐の中から会話に割り込んでくる声がありました。

「本当だ、緋衣クラン。羽鳥青空の生活能力は全体的に低い――酷いと言わざるを得えず、おれは今、その自覚があったことだけでも少し安心している。特に」
「レオくん? ちょーっと黙りましょう? そこ深掘りするとこじゃないです。……まあ、外面はしっかり者に見えるよう頑張ってるので、そう見られてるのは嬉しくもありますねえ」

 スマホ越しにレオを牽制しつつダージリンを口に運ぶ羽鳥さんの所作はとても上品で、やっぱり素敵なオトナに見えます。

「私がなんで瑠生ちゃんとお付き合いしようと思ったかって、話しましたっけ?」
「気が合いそうだったから、って聞きました」
「それもありますけど……うん。私、人を好きになったことがなかったんです。それがどんな感じなのか、同じ疑問を持っていた瑠生ちゃんと形から入ることで知ろうとしたんですよ。結局それはわからずじまいでしたけど」

 わたしの知らない、羽鳥さんと瑠生さんのたった五日の交際関係。
 あっさり成立するほど気が合うという割にあっさり解消してしまったという、その経緯にはどこかしっくりこないものを感じていたのですが、少し腑に落ちた気がします。

「あの後も私、いろんな人とお付き合いしてみました。男の人も女の人も……十人近くなりますね」
「そ、そんなに!?」
「びっくりしました? だけどどれもうまくいかなくて……未だにちゃんと人を好きになれた感じがしないんです。他の人にはできる『普通のこと』ができない自分に焦って、繰り返して、終いにはなんか一人でいるのが一番ラクだって気になっちゃって」

 少しばつが悪そうに苦笑いしていた羽鳥さんは、「や、こんなぼやきがしたかったわけじゃなくてですね」と、小さく立てた人差し指をわたしの顔の真ん中に向けました。

「つまりクランちゃんは私にないもの、得られなかったものを持っていて……私からすれば、むしろクランちゃんのことをいいなって思っちゃうんですよ。隣の芝生は青いってやつです」

 柔らかく微笑みかけられ、思わず目を丸くしてしまいます。
 ……わたしはこの人のことを、自分が勝手に抱いたイメージでしか見ていなかったのかもしれません。積み上げてきた人生と想い、意外な側面――その一部を垣間見せてくれた羽鳥さんは、今までよりずっと親しみやすく感じられます。

「わたし……なんだか羽鳥さんのこと全然知らなかったです」
「私も、クランちゃんが思ってることを話してくれて嬉しいですよ」
「うっ……ツンツンしちゃってごめんなさい。わたし自信なくて、たぶん焦ってて」
「ふふ。瑠生ちゃんはつくづく愛されてて羨ましいですね。……大丈夫ですよ。私、瑠生ちゃんと再会して、クランちゃんとラズちゃんに会って、びっくりしたんです」
「びっくり?」
「はい。ふたりと一緒にいるときの瑠生ちゃん、いつもすごく幸せそうだから。こんな顔する子だったんだなって、私知りませんでした」

 少し寂しげに、懐かしむように目を細める羽鳥さん。
 彼女の瞳に映っているであろう、過去の風景をわたしは知らないけれど――その言葉は、暖かく見守ってくれる心強さで。

「大丈夫。クランちゃんはこれから、もっともっと素敵な女の子になります。自信を持って、しっかりあの子のこと捕まえてあげてくださいね」
「……はい。頑張ります!」

 優しく背中を押されて、胸の中にあったもやもやしたものが緩やかに解けてゆきます。
 そんな激励にこぶしを握った直後、お店の扉がカラコロとベルを鳴らす音が聞こえてきました。

「いらっしゃいませー……わ! 瑠生さん!? え、めっちゃカワイイ!! えっ、えっ、コスしてるの初めて見ました!」
「でしょ? でしょー!? この衣装、ぼくとクランで選んだんだよ!」
「み、三葉さん! 声大きいですって……」

 ……入口はわたしから見ると死角になっているのですが、誰がやってきたのかは明らかでした。

「噂をすれば、ご到着ですね」

 姿は見えずともありありと目に浮かぶ姿に、羽鳥さんと笑い合い、出迎えのスタンバイを。

 そうして無事に合流を果たしたわたしたちは、キッチン・ロブスタ自慢のシーズンランチメニューをいただき、ハロウィン限定パンプキンパイ、シェヘラザードのプチ占いつきフォーチュンパフェをシェアし、秋の美食を大いに堪能したのでした。
 午後に待っているのは、やりかけのスタンプラリーに仮装コンテスト。
 ――今日のお楽しみは、まだまだこれからです。