15_エピローグ:Twins Chatting Ⅱ

1 / 緋衣ラズ

 A.H.A.I.第6号ジュジュの登場によって一時はどうなるかと思われたハロウィンイベントも、午後はいたって平和なものだった。
 スタンプラリーのガラガラ抽選は羽鳥さんがお菓子セットを当てたけど、その他は全滅。仮装コンテストも入選までは行ったものの、優勝の栄冠を手にすることはできなかった。
 上位組とぼくたちの決定的な差は、全員並んだときのテーマ性だった。たとえば全員見事なモンスター仮装で固めた優勝チームと比べると、赤ずきんちゃんと魔女と死神(しかもローブを失くしたので、あまりそれっぽくない)というぼくたちの取り合わせは、統一感がないと言わざるを得ない。
 ちょっぴり惜しい思いはあったけど、終わってしまえばジュジュとの追いかけっこさえも含めて、とても充実した一日を過ごせたと思う。羽鳥さんがばっちり撮影してくれたコンテスト壇上のぼくたちは、とてもいい笑顔に写っていた。もちろん、最初は恥ずかしがっていた瑠生さんも含めて。
 ――そんな楽しい週末はあっという間に明けて、月曜日の放課後。

「コスの合わせは課題だね。一人ひとりだけじゃなく、全員で並んだときのこと考えなきゃ」
「だね。……お兄さま、来年も着てくれるかな?」
「着てほしいなあ。すっごい似合っててかわいかったし、綺麗だったし」
「次の衣装を考えるのが今から捗っちゃいそう」

 ぼくと相棒のクランは、特にどちらからともなくいつもの帰り道を少し外れ、なんとなく公園に寄り道して、まるで昔からそうしていたみたいに、二つ並んだブランコに自然と腰掛けていた。おしゃべりのお供はそのへんの自動販売機で買ったサイダーである。

「そういえばクラン、ジュジュのこと大丈夫そ? 実際だいぶ幽霊っぽい存在だったけど」
「うん。『オーグランプ』はそういうものだってわかったし、なんとか……あのゾンビになるやつはもうやらないで欲しいけど」
「ガイコツにもなってたっけ……アレもすごいリアルでびっくりしたよ。ジュジュってホラー映画とか好きなのかな」
「うう、だとしたら趣味は合わないなぁ」

 やっぱりホラーが苦手な相棒は、肩を落として小さくうなだれる。
 彼女はそのまましばらく地面を見つめていたかと思うと、ぽつりとつぶやいた。

「……みんなの本体って、どこにあるんだろう」

 ハロウィンの日。ジュジュを捕まえる協力の条件として、A.H.A.I.第8号シェヘラザードはとある見返りを求めてきたという。
 ……それは「自分の本体を見つけてほしい」というものだった。
 かつて使うなと約束させた能力を、今度はこちらの都合で使えと要求したわけだから、向こうにも何らかのリターンはあってしかるべきだとは思うけど。

「シェヘラザードの要求って、実はものすごく難易度高くない?」
「急ぎませんわ、とは言ってたし、もしかしたらダメ元で言ってきたことかもしれないけど……わたし、あの子の力になりたいと思う」
「それはそうだね。いくらヒトの身体が欲しくたって、そもそも今の本体がどこにあるのかわかんきゃどうしようもないわけだし」

 ――ずっと疑問に思っていたことではあった。レオも、シェヘラザードも、ジュジュも、誰ひとりとして「自分の本体の在り処」を知らないというのだ。おそらくこの情報は、A.H.A.I.開発計画『白詰プラン』の秘密を守るために意図的に与えられていないか、もしくは。

「思い出せないだけで、この頭のどこかにその情報もあるのかな?」
「なんか他のA.H.A.I.に会うたび、情報は増えてるのにわかんないことが増えてくね」
「うん……」

 記憶の中に隠された情報。
 なぜか瑠生さんと過去に接点があった人ばかりの関係者たち。
 それだけじゃない。

「ラズが見たのとわたしが夏に見たの、きっと何か関係あるよね」
「だよね」

 クランは夏の事件で、ぼくは先日の事件で、自分の「FXO」プレイヤーキャラによく似た人影を人混みの中に目撃している。ジュジュとやりあってる真っ只中で気にしている余裕はなかったし、ハロウィンのコスプレかとも思ったけど、それにしてはFXOの『ラズ』にそっくりだったと思う。

「なんだかみんな、すごい力とかも持ってるし」
「それね」

 複雑多数の電子機器を同時に操る第5号の『並行操作(マルチプル・オペレーション)』。
 人間の思考に干渉する第8号の『思考干渉(ブレインウォッシュ・ヴォイス)』。
 幽霊の如き分身・オーグランプを操る第6号の『霊体操作(ゴースト・マリオネット)』。
 それらはいったい、何のために与えられた力なのか。

「ぼくたちには、何かみんなみたいな能力ってないのかな?」
「それらしいものがある感じはしないよね。ラズは欲しいの?」
「ちょっとね。……こないだは、ちょっとかっこ悪いとこ見せちゃったから。でもそういう力があったら、もっとお兄ちゃんの力になれるかもしれないし。お兄ちゃんのこと守ってあげられるかもしれない」
「ラズ……」

 いつの間にか、相棒がまじまじとぼくの目を見ていることに気がついた。

「お兄さまのこと、好き?」
「ふぇっ!?」

 いきなりの問いかけに、声が裏返ってしまった。
 顔がみるみる熱くなっていくのが、自分でもわかってしまう。

「なななな、何いきなり?」
「やっぱりそうだ。なんとなくわかったよ、あの日からお兄さまを見る目が違うなって。わたしと同じ感じがする」
「う……」
「今までだったらそんなふうに慌てないで『うん、大好き!』って言ってたじゃない」
「うう……」

 双子の姉はくすくすと笑う。――そうだ。クランにわからないわけがないのだ。
 彼女の瑠生さんへの気持ちが、ぼくから見てめちゃくちゃわかりやすかったのと同じ。たぶん今のぼくはもう、ああいう顔をしている。
 まっすぐ見つめられ、手を差し伸べられたときのあの感じ。
 ぼくを信じて必要としてくれた。思い出しただけで胸が熱い。
 それはこの身体に眠っていた、かつての鞠花さんの想いと似ていたけれど、少し違っていた。
 きっとあれこそが、深月の部屋で読んだ少女漫画に描かれていた気持ちで――ぼくはぼく自身の心を、『緋衣鞠花のクローン』ではなく『緋衣ラズ』としてはっきりと自覚してしまった。

「むーっ、呑気に笑ってていいの? ぼく、クランからお兄ちゃんのこと取っちゃうかもよ」
「ラズはそうしたいの?」

 クランは笑みを崩さない。照れ隠しの言葉も、この相棒には通用しない。

「……ううん。だってクランの気持ちは知ってるし。幸せになって欲しいし……ぼくも、クランと一緒じゃないとやだ」
「じゃあ、やっぱりわたしと一緒だね。お兄さまのことは大好きだけど、わたしだってラズのことが大切だし、ずーっと一緒にいたいと思ってるよ」

 彼女はそう言うと隣のブランコから降りて、ぼくの隣にずいっと座ってきた。
 ひとりで乗るぶんにはかなり余裕があるが、ふたりで座れるほど広くはない。

「せ、狭いって……」
「いまさらふたり別々なんて考えられないもん」
「そりゃ、ぼくだってそうだけど」
「お兄さまのことひとりじめしたくないわけじゃないけど、ラズは特別。わたしの双子の妹だもん」

 にこにこのクランは構わず詰めてくる。
 姉はいつもの控えめさとは打って変わって、強引で、とても嬉しそうだった。

「夏のシェヘラザードのときも、ラズに助けられた。……あの場にはいなかったかもしれないけど、あなたがいなかったらどうなってたか」
「……それはこないだのジュジュのときだって同じだよ。クランが助けを呼んでくれなかったら、ぼくたちきっと危なかった」

 思えばこのふたつの事件において、ぼくたち双子は肝心なときに離ればなれだった。
 それでも、ぼくもクランも互いの存在のおかげで窮地を脱することができた。離れていても助け合える、最高の相棒だ。
 だけどそんな頼もしさとは裏腹に、クランは少し不安げにつぶやいた。

「これから先も大丈夫だよね。こうして通じあえてれば、怖くないよね」

 彼女が抱えている気持ちは、予感は、たぶんぼくと同じだ。
 ここ数ヶ月で立て続けに起きたA.H.A.I.絡みの事件は、おそらくこれで終わりではない。
 なんとか乗り切るたびに謎が増え、何か得体の知れないものがぼくたちを取り巻いているような漠然とした不安が大きくなっている。
 ――それでも、絶望する必要はない。

「なんだって大丈夫だよ。ぼくとクランと、お兄ちゃんがいれば。それにレオやシェヘラザード、ジュジュ……仲間だって増えた」
「……うん。そうだよね」

 お互いの手が吸い寄せられる磁石みたいに近付いて、重なって、指が絡まる。この身体を得て生まれ変わった最初の日、そうしたみたいに。
 だけど今のぼくたちの結束は、そのときよりきっと何倍も強い。
 おでこをぶつけあうと、同時に触れ合った眼鏡のフレームがかちゃりと音を立てた。
 クランの瞳の中のぼくは、彼女と同じ笑顔になっていた。

「身体なんてとっくに繋がってないのに、こうしてるとラズの気持ちが伝わってくるみたい」
「うん。それどころか、前よりクランの思ってることがわかる気がする」

 ぼくたちは最高の相棒で――互いに欠かすことのできない、最愛の姉妹。
 彼女が隣にいる心強さと喜びを、ぼくはめいっぱい噛み締めた。

 ――毎日少しずつ何かが変わりながら、日々は続く。
 そして季節は流れ、冬がやってくる。

Ⅲ ゴースト・アンド・ルナティック
おしまい