10_遭遇のロリポップ

1 / 緋衣瑠生

 だけど……まさかこんなものを着せられることになるとは。

「お兄ちゃん、観念して! 羽鳥さんも待ってるよ」
「もう着替えちゃったんですから、お兄さま、行きましょう、よ……っ!」

 ハロウィンイベント当日の朝。左右から手を引くクランとラズに、僕は両足を踏ん張って最後のあがきを試みていた。

「い、いやだ! 外は怖い! やっぱり今日はうちにいる!」
「「お兄(さま/ちゃん)!!」」
「自信を持ってください、瑠生さま。とってもよくお似合いです」

 ひと仕事終えたいい笑顔で、後ろから背を押してくるのは猫山さんだ。寝ぼけ状態の僕を拘束し、鮮やかな早業で着付けとメイクを担当したのは彼女である。
 そんなこんなで両手を引かれ背中を押され、僕は抵抗むなしく玄関のドアから引きずり出されてしまったのだった――。

「まあ、瑠生ちゃん。とってもカワイイですよ」

 マンションの外廊下で待ち構えていたのは、オオカミの着ぐるみパジャマ的なものに身を包んだ羽鳥先輩だ。両手の肉球をぽんと合わせて歓声をあげている。
 十月最終週末、暑すぎず寒すぎずの絶好の行楽日和。
 秋晴れの陽光の下に晒されてしまった僕の衣装は、ワインレッドのロリータっぽいエプロンドレス、コルセット、そしてドレスと同じ色のフードつきのケープ――その通り。赤ずきんちゃんの格好である。左手には編みカゴも持たされており、掛け布の下には個包装のマシュマロをはじめとした一口サイズの小粒のお菓子が入っている。

「うう、先輩まで……。本当に、なんでよりによってこれなんだ……」

 膝丈のスカートをはくのなんて高校の制服以来だ。足元が落ち着かない。
 ラズはヴァンパイアとか挙げてたじゃん。そっちのがだいぶマシだったよ。

「赤ずきんちゃんのアイデアはお姉さまからです。その中で特に似合いそうな衣装をわたしとラズで選びました」
「衣装の調達は水琴ちゃんが手伝ってくれたんだ。友達のツテがあったらしくて、爆速で用意してくれたよ」
「メイクもばっちり、瑠生さまの美貌を引き立てる過去イチの仕上がりと自負しております」
「そして瑠生ちゃんが心細くならないように、私がオオカミさんの仮装で同行するってワケですね」
「全員グルかよ!」

 なんということだ。
 今回ばかりは双子の行動力を舐めていたとしか言いようがない。彼女たちはあの後、あの場で名前をあげた全員に、本当に協力を要請していたのだ。
 そしてこのモチーフを推した奴と実際に衣装を買ってきた奴、特に文句を言ってやりたい二人はこの場にいない。

「自分だけの力で足りないときには協力プレイ! お兄さまが教えてくれたことです」
「そうかもしれないけど! くっそぉぉ!」
「だめですよ瑠生ちゃん。そんな乱暴な言葉遣いをする悪い子は食べちゃいますよお」

 がおー、と気の抜ける吠え声で羽鳥先輩がじゃれついてくる。

「あっ! クラン、猫山さん! スクショタイムだよ!」

 その様子を眺めていたラズがスマホを取り出し、パシャパシャと写真を撮りはじめた。遺憾ながら今この場で繰り広げられるリアルなのでスクショではないのだが、そんなツッコミを入れている余裕はない。

「ふふふ、こんなポーズはどうでしょう」
「ううっ……」
「「おーっ」」
「こんな感じとか」
「いやぁ……」
「「おおーーっ!」」
「あるいはこういうのとか」
「や、やめてぇ……」
「「おおおーーーっ!!」」

 オオカミさんによって手取り足取りさまざまなポーズにされる僕を、無数のシャッター音が襲う。めっちゃ恥ずかしい。こんなに顔が燃えそうだなんて、どんな辛味を口にしたときにも思わなかった。
 これがさんざん双子を着せ替えて遊び倒した報いだというのか……!

「やはり見立て通り、素晴らしい仕上がりですね。鞠花さまにもさっそく送っておきましょう」
「だね。すっごい似合ってる! 水琴ちゃんにも送信っと……いつもぼくたちにいろいろ着せたがるお兄ちゃんの気持ちがちょっと分かったかも。ね、クラン……クラン?」

 人の気も知らない猫山さんとラズが楽しげに撮影結果を確認する中、クランだけは黙って動かず――いや、なんだか小刻みに震えている。

「だ、ダメですーっ!!」
「あぐふっ」

 突然のタックルめいた抱きつきが腹部にクリーンヒットし、変なうめき声をあげてしまった。

「これはダメなやつです! 羽鳥さんは離れてくださいっ。ゲラァウッ!」
「あらあら、追っ払われちゃいました……」

 ふらっと離れてゆく先輩とは対照的に、全力のハグをお見舞いしてくるクラン。
 やはりしっかり者で、人一倍他人の心に敏感な双子の姉である。コルセットの比ではないホールドは苦しいが、助けてくれる気持ちは嬉し――

「いつも凛々しくて頼もしいお兄さまが、無抵抗で涙目で……そんなの、そんなのわたしがやりたいです!!」
「「「「……はい?」」」」

 ……この子は何を言っているのかな?
 一同の困惑を受け、クランははっとした顔になって腕の力を緩めた。

「――じゃなくて、む、無理矢理そういうのは、やっぱりよくないです……よね。なんて」
「えぇ……?」
「あ、えと。い、今のはなんでもないです。行きましょうお兄さま! ハロウィンのお祭りがわたしたちを待っています! よ!」

 クラン、どこかで変な扉を開けてやいないだろうか。……なんとなくそれ以上の深掘りは憚られ、一同暗黙の了解として、今のは誰も見なかったことになった。
 そうして僕たちはなし崩し的に、右手と右足を同時に前に出すロボットみたいな動きのクランに続き、駅前商店街エリアへと出発する。

「みなさま、お気をつけて行ってらっしゃいませ。……クランちゃん、わかりますよ」

 見送り体勢の猫山さんが不穏なことをつぶやいている。わからないで欲しい。

「酷い目に遭った……」

 遭ったというか、今なお遭い続けているというか。
 ともかくクランとラズと羽鳥先輩、楽しげな三人プラスげっそりした僕という浮かれた仮装の一団は、祭りに賑わう霜北沢の駅前までやってきた。当然ながらかなり目立つ服装なので、人々の視線が刺さること刺さること。
 同じく浮かれた格好のエンジョイ勢、特にトリック・オア・トリートの主役たる子供たち相手では夏の第8号事件のようにノーを突きつけるわけにもいかず、ここに至る道中で既に二回ほど記念写真の被写体になってしまった。持たされたカゴの中のお菓子は、こういうシチュエーションでキッズにあげるためにあったらしい。そんなところまで想定済みかよ。

「でもさ、ホントに可愛い。瑠生さんめっちゃ綺麗だよ」
「うん、うん! ラズの言うとおりです!」

 傍らでは僕と対照的にウキウキでご機嫌、絶好調の双子が目を輝かせている。

「うぅ……や、でもやっぱ恥ずかしいって」
「そんな顔しないで大丈夫! 何かあってもぼくが守ってあげる!」
「ほんとぉ……?」
「もっちろん!」

 黒いローブを羽織ったラズが、えへんと胸を叩いた。
 近頃の彼女はアテにされることに喜びを感じるお年頃なのか、こんな言動が頼もしくも微笑ましい。まあ、この子そもそも僕にこの格好させた主犯のひとりなんだけどね。

「あっ! ほら見て見て、なんかでっかいのがある!」
「わ、動いてます! きれい」

 ラズが指差す先の広場では、ハロウィンお馴染みのモチーフであるかぼちゃのアイツ、幅三メートルはあろうかという巨大なジャック・オー・ランタンが回転していた。
 二メートルくらいの高さに浮かんでいるそれは、人だかりに囲まれていてもよく見える。大きな風船かと思いきや、その割に透明感が強く、紐のたぐいは見当たらない。それどころかぴょんぴょん弾んで口が動くし、頭が開いて中から無数のコウモリが飛んでいくし、時折ゲーミングデバイスよろしく派手に多色発光している。

「すごいですねえ、どうなってるんでしょう」
「立体映像だな。地面に設置された機器から空中に投影されているようだ」

 羽鳥先輩の疑問にそう応じたのは、彼女が肩から提げたバッグに付いたサバトラ猫のマスコット。A.H.A.I.第5号ことレオである。

「そういえばいたね、きみ……いるなら黙ってないで助け舟のひとつも出してよ」
「空気を読む、というのを実践していた。緋衣瑠生、何か助けが必要なのか。おれに可能なことであれば支援をするが」
「いや、やっぱいいや……なんでもない」
「そうか」

 そんなのが期待できる相手ではなかった。

「ふふ。レオくんも今日は私たち側ということです。……それにしても、ああいうのはSF映画の技術だと思ってましたけど、今やこういう街の催し物に出てくるんですねえ」
「ですね。実物は僕も初めて見ました」

 自分たちにとってスマホやネットがそうだったように、後の世代にとってはドローンやら立体映像やらが身の回りにあって当たり前の存在になっていくのだろう。――もしかしたら、人間と同じ心を持ったAIさえも。

「クラン、あのかぼちゃもおばけじゃない? あれは平気なの?」
「もう、ラズ! いつまで擦るのっ。わたしだっておばけならなんでも怖いわけじゃないもん……それに、あれは祖先の霊を迎える飾りであって、おばけじゃないし」
「どっちにしろおばけは呼ぶんじゃん」
「良いものは呼んで悪いものは追い払うからいいの!」

 もはや日本においてその起源を意識することはあまりないが、そういえばハロウィンってもともと海外のお盆みたいなお祭りだったっけ。
 ――最近その存在を意識することの多い、亡き産みの両親のことがふと頭をよぎる。
 二人のことを調べ始めて数ヶ月経つが、例のプランとの関連については何も出てこない。アストル精機への入社前までの情報はある程度つかめるのだが、その先がまったく見えないのだ。研究職だったなら論文のひとつも出てきそうなものだが、それすら見つからない。
 時折手伝ってくれている姉の鞠花も有効なコネクションを見つけられていないというし、「篝利創」なる人物の手がかりもない。
 一方、学生時代までの父母の人となりについては、旧知の人々への聞き込みによって少しずつ解像度が上がってきた。
 医学部所属だった父の白詰誠一は、穏やかを絵に描いたような人物だったという。お人好しで表裏がなく、いつも誰かの世話を焼いている男だったらしい。証言をくれたかつての学友の方々いわく、僕の立ちふるまいや雰囲気には誠一と近いものを感じるのだそうだ。

 こうした情報を知るたびに、あり得ないと受け止めたはずのことをどうしても考えないではいられない。――もし、二人が今も生きていてくれたら、と。
 そのせいだろう。おぼろげなその姿が、時折夢に現れる。優しく微笑み、だけど触れることは叶わず……そして最後には消えてゆく。
 遠く遠く離れてゆき、取り残された感覚だけが胸に残る。自らの手で掘り起こしたトラウマ。目が醒めても続きそうな、絶望と孤独のリフレインだ。

 だが今は、それを断ち切ってくれる存在がそばにいる。
 夢から現実に引き戻されたとき、隣にはふたつの愛らしく安らかな寝顔がある。
 そして朝になれば朗らかに、時に騒がしく、鮮やかに日常を彩ってくれる。彼女たちの存在がなかったら、きっと僕は十八年前と同じように膝を抱えてうずくまり、立ち止まることしかできなかっただろう。
 開きかけたふたつの傷口を、その温もりで優しく塞いでくれるかのように――なんていうのは、僕の勝手な思い込みかもしれないけれど。クランとラズがそばにいてくれることが、今の僕を救ってくれていることは間違いない。

 ……そんなわけで。そのことを思えば、公開コスプレくらいの羞恥には耐えよう。
 今日はとことんはっちゃけて、一緒にこのお祭りを楽しむこと。それがこの心を繋ぎ止めてくれている双子への、日頃の恩返しにもなるはずだ。

 このイベントにはスタンプラリーが存在する。
 駅前のものとは別に小規模な立体映像スポットが六か所あって、それを専用のスマホアプリで撮影するとスタンプが獲得できる。スタンプを集めると駅前のテントでガラガラ抽選に参加でき、ついでに参加賞として近隣店舗で使えるクーポンがもらえるという仕組みだ。
 僕たちも他の参加者の例に漏れず、街の飾りつけや飲食店の限定メニュー(仮装割引あり)などを楽しみながらスタンプを集めにかかったのだが……三つ目のスポットで奇妙な噂を耳にした。

「瑠生さん。さっきの本当だと思う?」
「うーん、どうだろう……?」

 四つ目のスポットを目指す道中で、ラズと二人で首を傾げる。曰く、街のどこかに現れては消える、ガイドマップにない七つ目の立体映像が存在するというのだ。

「アプリにもチラシにも、それを匂わすようなことは何も書いてないなあ……」

 もしその手のシークレット要素が存在するなら……特に景品が絡むようであれば、もう少しわかりやすくなんらかのヒントが提示されそうなものだが。

「他の六つを全部集めるとアプリ上で情報が開示される、なんてことはないでしょうか」
「なるほど……もしそうなら、このまま集め続けるのが吉でしょうねえ。案外その『七つ目』も、集めてる途中でぽろっと見つかったりするかもです」

 クランの仮説に羽鳥先輩が続く。確かに、そういったデジタルスタンプラリーならではの仕組みはあり得る話かもしれない。
 次の十字路を左折すれば、四つめのスポットであるヴィレヴァン前はすぐそこだ。ただ、その目標地点は広く開けた場所ではない。スタンプラリーの参加者にせよ単に立体映像の物珍しさに集まった人にせよ、少し離れた位置からでも混雑が確認できた。

「思ったより人だかりになっちゃってるな」
「どうしましょう、ここは後回しにしますか?」
「もうちょっと近くで様子を見ようよ」
「ドローンのひとつもあれば、すぐに状況を確認できるのだが」
「だめですよ。たとえあっても、そういったモノの操作は禁止です」

 ぼやく僕に双子が各々の意見を述べ、突飛なことを言い出すレオを羽鳥先輩が窘め――。

「ねえねえ。それじゃあ先に、あたしと遊んでよ」

 ――するりと唐突に、会話に混ざる声があった。
 聞き覚えのないその声に一同一斉に振り返る。

「こんにちは。ハッピーハロウィン」

 いつからいたのか、僕たちの背後には一人の女の子が立っていた。見たところうちの双子とさほど変わらない歳で、二人より少しだけ背が高い。腰まで伸びた長い金髪と赤い眼、黒いドレスに猫耳と尻尾をつけて仮装している。その肌は透き通るような白さで、というか。

「は、ハッピーハロウィン……瑠生ちゃん。あの、見間違いでなければですけど」
「はい。僕にも……透けて見えます」

 あどけない笑顔に重なって、その奥にあるはずの風景が見える。
 これも立体映像――もしかして、噂の七つ目なのだろうか。
 であれば投影装置が設置されているはず。同じ読みをしたであろうクランとともに、半透明の少女の足元に目をやる。……しかし。

「残念。ちょっと違うの」

 こちらの考えを読んだかのような言葉のとおり、それらしいものはなかった。
 そして彼女には、足の脛から下がない。半透明から完全な透明へ、グラデーションがかかったように足先が消滅し、宙に浮いている。

「えっ……?」

 息を呑んだクランが視線を上げると、文字通り透き通るような目がその眼前に迫っていて。

「あたし、オバケだよ」

 ばあ、という無邪気な声を合図に、その顔面が崩れた。
 腐って爛れ、溶け落ちて変色し、美しかった顔がみるみるうちに緑色になる。その姿はまさしくホラーの定番・ゾンビであり、映画のワンシーンのようなえぐい絵面に、僕は思わずうっと声を上げてしまった。

「はぅ――」
「クラン!?」
「クランちゃん!?」

 クランの総身から力が抜け、真後ろにいた羽鳥先輩に倒れ込む。
 ゼロ距離で見せられたショッキングな光景に、双子の姉は完全に気を失ってしまったようだ。

「ごめんごめん。脅かしすぎちゃった?」

 けらけら笑いながらその場でくるりと一回転すると、ゾンビと化した少女は一瞬にして元通りの肌艶を取り戻していた。今度は脚も爪先までちゃんとある。
 僕たちの姿を認識し、言葉を話している――明らかにただの立体映像ではない。

「はじめまして。緋衣瑠生、第3号、第5号とそのマスターさん。あたしは『第6号』」

 そう名乗った少女は、歯を剥き出してにっと笑う。

「A.H.A.I.……!」

 自分たちと同じシリーズに連なる六番目の「きょうだい」。その名を聞いたラズが顔を引き締め、警戒モードになった。
 半透明の少女に顔を向けたまま、視線で投影装置を探し、周囲を観察する。

「だーかーら。立体映像じゃないって言ってるでしょ」

 第6号は地面を滑るようにラズの眼前へやってくると、黒いローブの中の顔に手を伸ばした。

「今のあたしは、どっちかっていうとあんたたちに近い状態。だからこういうこともできる」

 妖しい囁き声とともに、半透明の手が褐色の頬を撫でる。

「えっ……触れてる。手のひらの感じがする。これってどういう……」
「そこまではナイショ」

 その手をラズが掴もうとすると、第6号はするりと後ずさった。
 ……周りに人だかりができ始めている。まさかこんなところで、A.H.A.I.からの接触があるなんて。

「第6号、きみはなんのためにこんな」
「こんな目立つところに出てきたのかって? 遊びたかったからに決まってるじゃない。今日はハロウィンだから、あたしみたいなオバケが出たって不思議じゃないでしょ?」

 オバケを自称する少女は、僕の問いかけににやりと笑う。
 さらにはそこに椅子でもあるかのように何もない空間に腰掛け、何もない空間からピンク色のロリポップキャンディを取り出した。

「だからめいっぱい遊ぶの。ね? 付き合ってよ。あたしのこと捕まえてみて?」
「捕まえろったって、どうやって」
「触れられるのは今のでわかったでしょ? 普通の鬼ごっこみたいに、そっちからタッチしたら捕まったってことにしてあげる。付き合ってくれないと……そうだなー。その猫ちゃんがやったみたいなこと、あたしもやっちゃおっかなー」

 その視線の先にあるのは猫のマスコット、A.H.A.I.第5号レオ。
 指先でロリポップをくるくる回しながらのおどけた言葉に、一気に緊張が走った。
 彼女の言う「こいつみたいなこと」というのは、春のドローン暴走事件――銃火器による攻撃、もしくはそれに類する危険行為を指しているに違いない。

「こーんなヒトが大勢いるとこでそんなイタズラしたら、大変だね?」
「それ全然笑えないんだけど」
「じゃ決まり。ちゃんと追っかけてきてよね」
「待て!」
「待たないよぉ。イタズラがイヤなら捕まえて。できなかったらホントにやっちゃうから!」

 第6号はロリポップを咥えると、空気椅子に座ったまま後ろ向きに滑空し、人垣をすり抜け、そのままふっと消えてしまった。
 何も知らない人の群れがそれを追いかけ流れてゆく。僕たちもそう思い込んだように、皆あれをお祭りの出しものである立体映像と認識しているのだろう。

「瑠生さん、どうする?」
「どうするって……追っかけるしかないじゃん」

 今しがたの言葉がどこまで本気かはわからないが、本当にそんなテロ行為の用意があるのなら、大惨事は免れない。なんとかやめさせなければ。

「先輩、クランを頼みます」
「わかりました。瑠生ちゃん、気をつけて。――それからこれを」

 のびてしまったクランを抱える羽鳥先輩から渡されたのは、サバトラ猫のマスコットだ。

「レオくん、何かわかることがあったら瑠生ちゃんに教えてあげてください」
「承知しました。緋衣瑠生、よろしく頼む」
「よろしく。……ラズ。きみも先輩と一緒に」
「ううん、ぼくも行く。あれがA.H.A.I.ならぼくにも無関係じゃないし、何か思い出せるかもしれない」
「さっきのがマジだったら危ないって。安全なところに行くんだ」

 しかしラズは頑として引き下がらず、僕の右手をぐっと握ってきた。

「行かない。ぼくは瑠生さんを……お兄ちゃんをひとりで行かせるのは、ヤだ」
「それならレオが」
「それでもヤだ! あなたのことは、ぼくが……」

 そう訴える双子の妹はいつになく真剣だった。僕をまっすぐに見据える瞳には、強い決意の光が宿っている。そう感じたのは錯覚ではないはずだ。
 ――何かあってもぼくが守ってあげる。
 さっきのはただの軽口ではない。この子の本気の言葉なのだ。

「……わかった。でも、本当にやばそうだったら逃げるからね」
「ぼくだけ先に逃がすみたいなのはナシだよ」
「しないよ。逃げるときも一緒」

 小さくも頼もしい左手を、僕はしっかりと握り返す。
 そうして赤ずきんちゃんと死神という奇妙なコンビにサバトラ猫を連れ、僕たちは「ハロウィンのオバケ」を追いかけ始めたのだった。