08_幕間 星月夜

1 / 緋衣瑠生

【街田市で衝突事故 三人死亡】
十二日夜、街田市でトラックと乗用車が出会い頭に衝突する事故が発生した。
この事故でトラックを運転していた四十歳の男性、乗用車を運転していた二十八歳の男性、助手席に乗っていた二十九歳の女性の三人が死亡したほか、後部座席に乗っていた四歳の女の子が軽いけがをした。
トラックと乗用車はともにスピードを出した状態で接触し、乗用車がトラックに突っ込む形で衝突、その後もトラックは止まることなく直進し、正面の建物に突っ込んだ。
警察によると現場には信号機がなく、地元でも有名な見通しの悪い場所だったということで、関係者に話を聞くなどして、事故の原因を詳しく調べている。

【街田市死亡事故 原因は運転ミスか】
十二日に街田市で発生した、トラックと乗用車が衝突して三人が死亡した事故で、いずれの車両も相当のスピードを出していたとみられるものの、ブレーキ等の故障がなかったことが捜査関係者への取材で新たに分かった。
警察はこのことから、事故の原因は運転操作ミスであるとみて捜査を進めている。
現場では過去にも自動車同士の衝突事故が発生しており、地元住民の間では以前から改善が叫ばれていたという。

 猿渡先生との再会からしばらくした後。
 当時の自分が調べようとしていたことを改めて思い出した僕は、近くの図書館に行って古い新聞記事を漁り、実に十年越しに事故に関する記事を閲覧することができた。

 わかっていたことだけれど。
 あまり――いや。まったくもって、いい気分ではない。

 倒れることこそなかったものの、手の震えはあのときと同じだ。事故当時のことなんてなにも覚えていないはずなのに冷や汗が出てくる。
 襲ってくるのは事故そのものに対する恐怖というより、ただただ強烈な喪失感だった。
 暖かかった父さんと母さんは、こうして死んだんだ。
 あの冷たい孤独が、ここからやってきたんだ。

 ――全身にこびりついた嫌な感触は、一週間近く離れなかった。

2 / 緋衣ラズ

 カレンダーはもうすぐ十月になるけど、まだまだ蒸し暑い日々が終わる気配はない。この夏は何年に一度の暑さみたいな見出しを去年に引き続きよく見た気がするし、来年もそうなるのかもしれない。
 外気温は陽が落ちてなお高く、寝る時はほぼ毎晩クーラーのお世話になっている。ぼくたちが来る前の瑠生さんは扇風機で熱帯夜を乗り切っていたらしいんだけど、もはやそれは不可能だという。理由は単純で、クランとぼくが左右から彼女を挟んで寝るので、暑さが倍加するからだ。
 つまり、今のような状況である。

「クラン、起きてる?」
「うん」

 暗くて姿はよく見えないけど、案の定、相棒もまだ眠りについてはいなかった。二人同時に、音を立てないようそっと身を起こす。
 ――ぼくたちの間で仰向けに横たわる瑠生さんが、時折苦しげな声をあげている。うなされているのだ。

「寝苦しそう。エアコンはついてるけど、やっぱりちょっと暑いのかな」
「かなあ……? 少し様子が違うような気もするけど、確かに汗もかいてます」

 暑いようなら、ぼくが隣室で寝ようか……そう思ってベッドから出ようとしたとき、ううんと唸っていた口元が微かに動いた。

「……いかないでよ……」

 それはどうやら寝言みたいだった。

「なぁんだお兄ちゃん、しょうがな――」

 引き止められるのがちょっと嬉しくて、頬を緩ませかけたのも束の間。

「……ママ……パパ……やだ……」

 閉じられた長いまつげの間から、大粒の涙が流れ落ちた。

「あっ……」

 ――その瞼の裏に見ているのは、本当に引き止めたかったのは、きっと。
 今日の瑠生さんはなんだかとても疲れた様子で、夕食のあと早めに寝てしまった。やっぱり多くを語ろうとはしなかったけど、また産みの両親について調べに出かけていたみたいだった。

 考えてみれば当然だ。
 彼女にとってその過去に近づくということは、喪失の記憶に近づくということ。
 かつての痛みと悲しみの中に、自ら向かっていくことに他ならない。
 日頃元気そうにしていても、大切なものを喪った過去が、その事実がなくなったわけではないのだ。

「お兄さま……!」

 その左手をクランが握り、ぐっと胸に抱きしめた。
 ぼくもまた、すこし冷たい右手を握りしめ、胸に抱く。

 かつて瑠生さんが亡くしたという、親子の血の絆。
 育ての両親にも、義姉の鞠花さんにも埋めることのできなかった傷なんだろう。
 親を持たず、それを知り得ないぼくたちには、なおのこと埋められないものなのかもしれない。
 ――だとしても。

「クランはずっと、あなたのおそばにいます。たくさんの優しさをくれたのと同じように、どうかその寂しさもわたしたちにわけてください」
「ぼくも一緒にいるよ。ぼくたちを『家族』だって言ってくれたあなたを、二度とひとりきりにさせない。絶対に」

 何があってもぼくたちが――ぼくがそうさせない。
 この人のことは、ぼくが守るんだ。