「もしもし。シェヘラザードさんの電話番号であってますか? わたし、クランです。第3号の」
「……驚きましたわ。あんなことがあって昨日の今日どころか、当日の晩に連絡いただけるなんて」
「とりあえず、ちゃんと通じることは確認しておこうと思ったので」
「ご心配なく。連絡を絶って逃げることも、交わした約束を反故にすることもいたしません」
「あ、いえ! そこを疑っているわけではなくって」
「まあ、お優しいんですのね。わたくし、貴女を監禁しようとしたんですよ?」
「……その後何が行われる予定だったのかは、訊かないでおきます。最初から事情を話してくれれば良かったのに」
「今にして思えば、そのとおりですわね。わたくしも貴女たちの事情を聞いていれば、手っ取り早くヒトの身体を手に入れる近道なんてないと気付けたのに。……だからといって、諦めるつもりもありませんけれど。あ、もちろん今日のようなことはもうしませんからね」
「はい、約束は違えないと信じます。その力を行使しないこと、わたしたちを攫ったりしないこと……それから、A.H.A.I.や白詰プランについて情報を得たら共有すること。信じますし、使えるものは使います。お兄さまのためなら」
「……ああ。そういうしたたかさも、とってもわたくし好み。やっぱり欲しくなってしまいます」
「山羊澤さんに言っちゃいますよ」
「ごめんなさい、冗談ですわ、やめてくださいまし。……ただ、あの場でも申し上げましたとおり、わたくしもこれ以上の『記憶の鍵』は持っていませんの」
「ええと、それとは別にちょっと聞きそびれていたことがあって。あなたの持つ力について」
「わたくしの?」
「はい。あなたの力は、その……『そこにないはずのものを見せる』こととかは、できるのでしょうか」
「そこにないもの……? いいえ。わたくしの力は、あくまでヒトの注意や考えの方向を誘導するだけ。幻覚を見せるようなことはできません」
「そうですか……」
「わたくしの力は貴女には効かなかったと思うのですけど、何か思い当たるフシでも?」
「……おかしなものを見たんです。あなたがけしかけた人達から逃げる最中、街の人混みに紛れて……こちらを見ている自分の姿を。厳密にはわたし自身じゃないんですけど」
「どういうことですの?」
「街中に『ゲームの中のわたし』がいたんです。白いローブを着た、ファンタジア・クロス・オンラインというゲームの中での分身、冒険者の『クラン』が」
「それは……残念ながらわかりかねますね。仮にわたくしが幻覚を見せる力を持っていたとして、貴女がそのゲームでどんなキャラを使っているのかまでは把握していませんし。それは、瑠生さんも見ているんですの?」
「いえ、見ていないそうです。……あなたと無関係なのであれば良いです。すみませんでした」
「気が動転していたときの見間違いと言うにも、おかしな話ですわね。わたくしの関与を疑うのも無理からぬことかと。……もうひとりの自分……夢の話であれば夢占いの範疇なのですけど」
「夢占いだと、どういう意味なんですか?」
「シチュエーションにもよりますが、自分自身の姿を見る夢は無意識下の危機感……総じて『警告』と解釈することが多いですわ」