1 / 緋衣ラズ
次の土曜日の午前十一時、ぼくたちは真宿駅へとやってきた。
「アルタと、おっきい街頭スクリーン……ようやく東口だぁ」
「前にお兄さまと来たときは、こんなに迷わなかったはずなんですが」
霜北沢駅からは電車一本、十五分くらいで来られる場所なんだけど、出口へのルート取りを間違ったのか、東口方面へ来るのにけっこうな時間がかかってしまった。
人混みと喧騒の中、早くもぐったりするぼくとクランに加えて、今日はもうひとりパーティメンバーがいる。
「真宿は駅まわりがすごく複雑だからね。わたしも何回か来てるけど、全然慣れないよ」
そう言うのはぼくたちの友達であり、同級生の天田深月(アマダ・ミヅキ)だ。
とくにクランとはクラスも部活も一緒なので、学校での相棒の姿を一番近くで見ている子かもしれない。
「わたしも慣れられる気がしません。地図アプリも、ここではあんまり頼りにならなかったですし」
クランの言うとおり、地図ではパッと見で繋がってるように見えても進めない場所があったり、その逆だったりして……この駅は意地の悪いダンジョンみたいだと、ぼくは思った。
「とりあえず、今のうちにお昼食べちゃおうよ。きっともう少ししたらどこのお店も混むから」
深月の提案に、相棒と揃って頷く。
ぼくたちは地図アプリを再度確認し、近場にあったサンドイッチ屋さんに入ることになった。
◇
今日の目的はもちろん、『アルフライラ』である。
学校で件の占い屋を話題に出してみたところ、その存在を知っているクラスメイトはちらほらいた。ぼくの一年B組がそうだったように、クランのA組でもそれは同じだったらしい。最近なにかの雑誌に載ったみたいで、かなり当たると評判なのだそうだ。
ついでに、気になるウワサを耳にした。
なんでもアルフライラには「みえない占い師」がいるという。
所属名簿にはその名前がなく、占い師を指名せずに入ると当たることがあり……姿の見えない占い師が、何もかも見通したようないい感じのアドバイスを授けてくれる、らしい。
近頃、学校ではちょくちょくオカルトっぽい妙なウワサが出回っている。渋矢(シブヤ)にはスマホの充電が一瞬で切れる魔のトライアングル・エリアがあるとか、ぼくたちの地元・霜北沢のホンダ劇場では深夜に金髪の幽霊が宇宙と交信してるとか。「みえない占い師」もそのひとつであるようだった。
ともかく、そんな謎めいたウワサが「ここに行ってみたい」という気持ちを補強した。あのチラシで二十分無料だし。
そんなわけで、友達の中でもとりわけ興味津々だった深月と予定を合わせ、今日は三人で一緒にアルフライラへ行くことになったのだ。
「けど、お兄ちゃんも心配性だよね。あんなに渋ることないのに」
サンドイッチ屋さんの店内席で野菜増しのBLTを頬張りながら、ぼくは思わずぼやいてしまった。
ぼくたちの保護者である緋衣瑠生さんは、今回の真宿行きにかなり難色を示した。
この週末は瑠生さん自身に予定があるので同行できないということだったのだけど、クランと二人だけで行くのは絶対NG、深月が一緒なのでギリOKということになった。
「絶対に別行動を取らないこと、カブキ町のほうには行かないこと、声掛けがあっても全部無視すること、十七時を回ったらすぐ帰ってくること……お兄さまにあんなに厳しく言われたのは初めてかも」
「瑠生さんらしいね。それだけクランちゃんとラズちゃんのこと、大事に思ってくれてるんだと思うな」
向かいの席でクランと並ぶ深月は、微笑ましげに言う。
それはもちろんわかる。この近辺には治安が良くないエリアがあることも、だからこそ人間社会での経験が不足しているぼくたちを案じてくれていることもわかる。わかるけど、もうちょっと信用してくれてもいいんじゃないかな、なんて気持ちにもなってしまうのだ。
「そういえば聞いてなかったけど、二人は今日、なにを占ってもらうの?」
「わたしもラズも、何か自分でも忘れている大切なことがある気がするんです。なので、それを思い出すヒントを得たくて」
「大切なこと……そっか。何かわかるといいね」
情報の大部分を伏せているため、相棒は割とふわっとしたことを言っていると思うのだけど、深月は特に不審がる様子もなく聞いてくれている。ぼくたちがこの世に存在しなかった去年より前、緋衣クランと緋衣ラズという人間は持病で長らく入院していたことになっているので、それ絡みだと思われているのだろう。
ぼくたちは、ぼくたち自身がどういうものなのかを知っていても、その成立の経緯――つまり、A.H.A.I.はそもそも誰によって、なんのために造られたものなのかを知らない。
自分たちの生まれに対する興味はもちろんある。だけど、この脳内に隠された情報を求める理由としては「瑠生さんのために」という気持ちのほうが強い。
先々月、ドローンの暴走騒ぎを起こしたA.H.A.I.第5号との接触によって思い出した情報のひとつが『白詰プラン』、つまりA.H.A.I.の開発計画の名称だ。より厳密には、A.H.A.I.の開発によって何らかの目的に近づこうとするものなんだけど、それがなんなのかまではわからない。
この計画名に、瑠生さんは強い関心を持ったようだった。聞けば「白詰」という名前は、彼女が今の両親に引き取られる前の苗字と同じなのだという。
自分の家族が、この計画に何らかの関係があるのではないか……そんな予感を持った瑠生さんは、産みの両親の過去について調べ始めたらしい。ただの偶然の一致かもね、なんて言ってはいたけど、かなり気にしているのは明らかだった。
大切な恩人で、友達で、家族であるひとが求めているものがすぐそばに――自分自身の中にある。なのに手が届かない。せめて、本当に彼女の産みの両親と何か関係があるのか、それだけでもわかればいいのだけど。
このひと月ちょっと、ぼくもクランも歯がゆい思いをしてきたので、わりと藁にもすがるような思いだったりする。
それはそれとして、大事な用はもうひとつある。
「クランはお兄ちゃんとの相性占いもね」
「はわっ! やっぱり、それも占ってもらうんだね。外せないよね……!」
なぜか深月が頬を赤らめ、テンションをあげる。
彼女は恋愛絡みの話題には非常に食いつきが良い。というか、それはほかの同級生の女子たちもだいたい同じで、瑠生さんに対するクランの想いは、友達であればだいたいみんな知っている。
相手は同性で、大学生で、「お兄さま」と呼ばれる中性的で包容力満点の王子様系女子、しかも現在進行系で同居していて、とどめに双子の妹(ぼく)と想い人が同じ――これらの要素はかなりインパクトがあったようで、瑠生さんは一躍、同級生女子たちの間で有名人となっている。本人の知らないところで。
「もう。むしろラズはいいの? お兄さまとの相性占い」
「うーん、気になるは気になるけど……」
想い人が同じ、とはいうものの、ぼくはどちらかというとクランの気持ちを応援したい。
瑠生さんのことは大好きだけど、それがクランほどはっきりとした恋心なのかというと、正直わからない。だから叶うべきは、より強く真っ直ぐな相棒の気持ちだと、ぼくは思っている。
一緒に生まれて、一緒に生きてきた半身のことだって瑠生さんと同じくらい大切だし、彼女にこそハッピーになってほしい。……なんて思いがありつつも、問い詰められる前に深月にパスを投げる。
「聞いてなかったと言えば、深月こそ。なに占ってもらうの?」
「えっと……二人にくらべたら全然たいしたことじゃないんだけど」
深月も深月でなんだかもごもごしている。人に言いづらいことなんだろうか。
まあ、だからこそ占いに頼りたいのかも――
「わたしも、その……相性とか知りたいひとがいて」
「「だれ!?」」
クランと同時に、思わず深月にずいっと顔を寄せてしまう。
恋愛絡みの話題に食いつきが良いのは、同級生の女子たちも同じ。それはぼくたち自身も例外ではなかった。
◇
事前にネットで調べたところによると、休日のアルフライラは混むことが多いらしい。今回は十七時には撤収という条件が課せられていることもあるので、確実を期すために事前予約をしてある。
それまでのフリータイムを、ぼくたちはコンビニのフラペチーノを片手に、ゲームセンターやウィンドウショッピングなどで楽しんだ。
そして予約時間の十分前、十四時二十分。
ぼくたち三人はついに『占いスペース・アルフライラ』があるビルの前へとやってきた。
「……なんか、緊張するね……」
クランと深月が無言で頷き、つばを飲む。
アルフライラは小さな貸ビルの一フロアで営業しているようで、店舗のある二階へは外階段から上がれるようになっていた。その手前には黒板みたいな立て看板が出ていて、チョークか何かで「占いスペース アルフライラ 2Fへどうぞ」と書かれている。
パーティにタンクの瑠生さんがいない今、先陣を切るのは同じく前衛・アタッカーであるぼく、ラズの役目だ。……いや、それはゲームの話だけど、心構えとして。
「それじゃ、行こうか……!」
いざ一同決意を固め、ぼくたちは上り階段への一歩を踏み出した。