11_Lonely Swarm Skyhigh

1 / 緋衣瑠生

 いわく、A.H.A.I.第5号は報復対象以外を攻撃する意思はないらしい。
 なるほど確かに人通りの多い交差点を突っ切るときなんかは、誤射を避けてか律儀に銃撃が止む。

「かといって人混みを盾にするのは無理だろうね。現に瑠生が『報復対象』に格上げされてる」

 そう、攻撃の対象は向こうの一方的な解釈次第なのだ。鞠花の言うとおり、非人道的な防御策はうまくいく保証がないどころか、大惨事を招く可能性すらある。とにかく逃げるしかない。

 マシンガンの雨は六機のドローンのうち、前を飛ぶ三機から浴びせられていた。熊谷さん駆る黒いミニバンはそれを巧みに避け、あるいはやむなく屋根や背面で受け止めつつ、ついに首都高速道路へと突入した。
 幸いにも走っている車は少なく、ほぼ独走状態だ。黒いミニバンはより一層スピードを上げるが、邪魔な障害物が減ったのは敵も一緒である。
 こちらが狙っている電池切れなど起こすようなそぶりも見せず、ドローン軍団は猛スピードで銃弾を浴びせにやってくる。しかし我らが熊谷さんも負けることなく、まるで敵の弾道が見えているかのように細かにハンドルを切っては避け、受ける弾丸を最小限に抑えて走り続ける。

 この先は持久戦かと思われたそのとき、敵の陣形に変化があった。
 マシンガンでこちらを狙っていた三機が射撃を中止し、後ろに控えていた三機が前に出てくる。
 様子を見るべく振り返っていた僕は、ドローン下部のハッチが開き、その装備が姿を表すのを見た。

「嘘でしょ――!?」

 四連装のロケットランチャー。映画とかゲームに出てくるようなやつがぶら下がっている。

「熊谷さん! ヤバいです!」

 咄嗟の語彙のなんと貧困なことか。
 叫んだときには、三機のドローンがそれぞれ、砲口のひとつから炎と煙をあげていた。
 即座に事態を把握した熊谷さんによって車はさらに加速しつつも蛇行し、次の瞬間には右手側で、左手側で、真後ろで、立て続けに爆炎と轟音があがった。

「ムチャクチャやるなあ!」
「姉さんが変なフラグ立てたせいじゃないの!?」
「まさか本当に持ち出してくるとは思わなかったよ!」
「お二人とも、舌を噛みますよ!」

 絶望的なことにこれで終わりではない。なにしろ四連装が三機だ。すかさず次弾が飛んでくる。
 もはや熊谷さんを信じ、鞠花ともどもうずくまって防御姿勢をとることしかできない。車体は揺れに揺れ、あっちこっちからドカンドカンと爆音、閃光、荒々しい振動が襲い来る。
 殺意が高すぎる。死ぬ。このままでは本当に全員死んでしまう――!

2 / 緋衣クラン

「第5号、あなたは……自分と同じ仲間が欲しかったの?」

 そう呼びかけると、ラズの言葉を振り払うように発せられていた第5号の叫びは、ぴたりと止みました。

「同じA.H.A.I.の仲間が欲しかったんでしょう? なのにわたしたちが、あなたが嫌う人間の身体になっていたから――」

 だから、わたしたちをこの身体にした鞠花さんに、わたしたちの心を人間の世界に強く惹きつけた瑠生さんに、怒りの矛先を向けるしかなかった。
 この行動の根底にあるものは寂しさ。第5号が抱えていたのは――強い孤独感に違いない。

「……そうだ。だからおれは、おれから仲間を奪ったものを許すことはできない」

 絞り出すような声からは、やるせなさが伝わってきます。
 この『きょうだい』に何があったのかを、わたしは知りません。だけどきっとその心には、人間はとても醜悪なものに映っている。

「人を恐れる気持ちも、信じられない気持ちも、少しはわかります。まだ短い時間だけど、わたしたちも人の世界を見てきました」

 暗いニュース、ネットで横行する詐欺や炎上、繁華街での言い争い、学校での揉めごと――そして、A.H.A.I.第3号を兵器に転用しようとした人たち。
 わたしたちを取り巻く暖かい人びとだけが人間ではないことを、わたしも、ラズも、すでに知っています。

「だけどわたしたちは、お兄さまやお姉さまのことが好きです。器が機械であっても人間であっても、この心のありかたは変わりません」

 それは瑠生さんへの、そして人の世界へのあこがれを抱いたときからからずっと。

「壊れたからでも、この身体に移植されたからでもない。人の心は、それを模してつくられたわたしたちの心は、自分以外の誰かを好きになれる。そういうふうにできているんです」
「それは精神の正常な動作だと、そう言うのか」

 はい、と頷くわたしに、ラズが続きます。

「クランの言うとおりだよ。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、きみから奪ってなんかない。ぼくたちは変わらずにここにいて、きみと友達になれる。だからこんなことしないでいいんだよ」

 けれど、第5号は止まらない。ドローンたちは止まらない。

「わかったような口を!」

 その叫びとともにドローンの編隊は高度を上げ、防音壁を乗り越え、都心へと伸びる高速道路に沿って加速を始めました。
 わたしたちは振り落とされないよう、必死に掴まります。

「おまえたちの心が正しくて、おれの心は間違っているというのか! ならこの感覚はなんだ。なぜおれは満たされない!」

 ドローンが一斉に機体下部のハッチを開放し、顔を出すのはマシンガン、ロケットランチャーといった厳つい銃器たち。それはまるで、やり場のない感情が暴力の形をとって現れたかのよう。

 ――高速道路の先に煙があがっているのが見える。
 今このときも、あの場所で第5号は瑠生さんたちを追い詰めているに違いない。ここにいる九機を、このままあそこに行かせるわけにはいきません。

「ダメだよ第5号! そんなの撃っても満たされることなんてない!」
「第3号β、おまえはおれから憤りまでとりあげるつもりか!」

 芽生えた感情に突き動かされるまま、まっすぐに突き進むしかできない――今の第5号は、きっとかつてのわたしたちと同じなのです。
 わたしたちが瑠生さんを強く求めたように、想いを受け止めてくれるものを求めている。それがプラスの感情か、マイナスの感情か。違いはきっとそれだけで、気持ちをぶつけることでしか解決できない。だけどその手段も、矛先も、このままではいけない。
 どうすればいい? これ以上なにができる?

「そうじゃない。けどこれはダメだよ!」
「おれはより多くを見てきた。身の周りの人間しか知らないおまえたちとは違う」
「わからずや! そっちこそ、お兄ちゃんと遊んだことないからそんなこと言うんだ!」
「何が遊びだ。あんなゲームごときで何がわかる」

 ――今なにか、相棒がいいことを言ったような。

「ラズ、それです!」
「ほぇ?」

 そう。わたしたちとお兄さまの遊び。
 もしかしたら、無力なわたしたちにもじゅうぶんな勝ち目のある戦場に決着を持ち込めるかもしれない。

「第5号。あなたのことはここで止めます」
「……なに?」

 相手が乗ってくるかはわからない。
 いちかばちかの賭けになるけれど、もはやこれしかありません。

「あなたに決闘を申し込みます!」

3 / 緋衣瑠生

 死の間際、人は生涯のさまざまな出来事を回想するという。よく走馬灯に例えられるアレだ。
 僕の脳裏に浮かんだのは、クランとラズの姿だった。
 産みの両親、育ての両親を差し置いて真っ先に二人が出てくるのは、彼女たちを残してこの世を去ることへの未練なのか、それとも無意識下で救いを求めている相手が彼女たちなのか。

『――お兄(さま/ちゃん)!』

 爆音とどろくしっちゃかめっちゃかな状況下でスマホの着信に気付けたのは、双子が僕を呼んでいるような気がしたから――だったのかもしれない。振動するスマホの画面には、満面の笑みでサムズアップする双子の妹の写真がでかでかと表示され、「着信 ラズ」の表示があった。
 言葉を交わせる最期の機会か。パニック寸前だった思考で、僕は通話ボタンを押した。

「繋がった! お兄ちゃん!」
「ラズ! 良かった――」

 思わず安堵の声が漏れたものの、何を言い残すべきか。愛してる? 元気でね? クランといつまでも仲良く? まったく考えがまとまらないうちに、ラズの必死の叫びが耳に届く。

「お兄ちゃん、今すぐFXOのデュエルアリーナ来て!」
「……はい?」

 僕の思考は真っ白になった。

4 / 緋衣ラズ

「決闘だと?」
「そうです。一方的な暴力で襲いかかるのは、あなたが嫌う人間のおろかな行いそのものです。貫きたい想いがあるのなら、それはフェアな戦いで勝ち取って示すべきです」

 風吹きすさぶ首都高上空、クランが発した突然の決闘宣言に驚いたのは、ぼくも第5号と同じだった。

「さっき、FXOでお兄さまたちに絡んでいましたね。そこでわたしたちと戦ってください」
「無駄だ。緋衣鞠花も緋衣瑠生も、まったく相手にならなかった。おまえたちが相手になったところで、結果はなにも変わらない」
「それも一方的な暴力です。フィールド上で急に他のプレイヤーに襲いかかって倒しても、それは全然勝ちじゃありません。えっと、卑怯者のすること、もっとも勝ちから遠い行為です」

 わざと相手を煽るような言葉選びをするクランにピンとくる。
 もう、言葉じゃ第5号を止められない。力づくなんてそれこそムリ。だから自分の得意な、勝ち目のある戦場に、なんとか相手を引きずり込もうとしているんだ。

「このゲームには、お互い公平な条件で戦うための場所とルールが用意されています。あなたが……えーと、ちきんやろうじゃないなら、ここで戦うべきですっ」
「公平な条件下でなら、おまえたちが勝つと?」

 クランが言っているのは対人バトルエリア――デュエルアリーナのことだ。
 プレイヤー同士、パーティ同士での戦闘を楽しむための場所で、キャラクターのレベルや基本的な装備性能はルールによって均一化されるので、純粋にプレイヤーの腕前がものをいう。
 ぼくたちは普段あまり行かない場所だけど、ランキングなんかもやっていて、そこそこ盛り上がっているエリアだ。

「あなたが勝てば、わたしたちはもう何も言わない。だけどこちらが勝ったら、この攻撃を即刻中止してください。あなたは誇りあるマシンですか、それとも、臆病なうさちゃんですか!」

 スマホを取り出し、モバイル版FXOのタイトル画面を突きつけるようにしながらクランは言う。たぶん、クランが乗ってるそのドローンの視界には入っていないと思うけど。

 ――第5号からすれば、この決闘をあえて受ける意味なんてない。全部無視してこのまま飛び続ければ、目的は達成される。相手にとってなにもメリットがない。クランの煽りも露骨であんまりうまくない。
 あまりにも分の悪い賭けだけど、どうだ。乗ってくるか……?

「いいだろう。どんなゲームであっても、人間の身に落ちたおまえたちなどにおれが負ける道理はない。その言葉どおり、黙ってもらうぞ」

 乗ってきた!
 相棒と顔を見合わせ、頷き合い、ぼくはぐっと親指を立てる。

「決まりですね。あなたの相手はこのラズです!」
「えっ、ぼくなの!?」

 待ってほしい。これ、クランがやりあう流れだったのでは?

「わたしはヒーラーなので、一対一の戦いならアタッカーのラズが適任かなって」
「そうかもしれないけど!!」

 つまり、瑠生さんたちの運命がぼくのゲームプレイにかかるということになる。この土壇場でとんでもないプレッシャーだ。

「寝ぼけたことを。第3号α、仕掛けてきたおまえが逃げることは許さない。まとめてかかってこい」
「「えぇ!?」」

 なぜか第5号までとんでもないことを言い始めた。

「まとめてって、きみは一人じゃないの?」
「おれはおまえたちとは違う。あの程度の操作がいくつ増えようが、ドローン一機分のリソースも必要ない」

 ……つまり、一人で何体もキャラを操作するつもりなんだろうか。
 というか思ったよりノリノリだ。なんのうまみもない戦いをあえて受ける――つまり第5号は、このゲームに絶対の自信を持っている。
 どれくらいやり込んでいるのかわからないけど、聞いた感じ、プレイ歴がそれなりに長いはずの瑠生さんと鞠花さんを難なくやっつけてしまったという。
 FXOは自分たちのホームグラウンドだと思っていたけど、一気に緊張感が増す。
 だけど引き下がるわけにはいかない。いま勝ち目がある方法はほかにない。

 デュエルアリーナにおける戦闘の参加人数はタイマンの一対一か、パーティマッチの三対三。まとめてかかっていくには、ぼくとクランの他にもうひとり必要だ。そしてそれは、ぼくたちに考えうる最強の布陣でなければいけない。
 死闘を覚悟して、ぼくはスマホのアドレス帳から『緋衣瑠生』をタップした。

5 / 緋衣瑠生

 十二連ロケットランチャーの最後の一発がよくなかった。
 ガタンと大きく揺れたのは、後輪のパンクだろうか。
 爆風を車体後部にモロに喰らい、リアガラスは全部吹っ飛んで、ミニバンの風通しは随分良くなってしまった。外装の様子はわからないが、少なくとも天井は最初こんな凸凹な形じゃなかったと思う。
 そんな中でラズからの楽しいゲームのお誘いに真面目に耳を傾けられたのは、間違いなく僕の心が現実逃避を求めていたからだ。だけど話を聞いているうちに、どうもそれは双子が僕たちの命を救うべく垂らしてくれた蜘蛛の糸であるらしいことがわかってきた。

「そんな感じだから、PVP用の装備で来てね!」
「了解! いいよ、やってやりますよ!!」

 ゲームで決着をつけるってマジか。
 あまりの事態に、僕はもはやテンションがハイになっていた。本当の本気で事態を正確に把握できていたかはだいぶ怪しい。
 だけど、決してヤケクソなんかではない。いとおしい同居人たちの切なる叫びを、この限界状況下で彼女たちが繋いでくれようとしている明日への生存ルートを、他ならぬ僕が信じずしてどうするというのか。
 装備を整え決戦の地へと向かうべく、僕はモバイル版FXOを起動する。

「……瑠生? 何してんの?」
「PVPで第5号を倒します、そうすると僕たちは助かります」
「しっかりしろ! 壊れるにはまだ早い!」

 鞠花の顔が真っ青になる。
 追い詰められていきなりゲームを遊び始めた僕は、余程酷い顔をしていたのだろう。だけどそんなことを気にしていられる余裕もない。
 かくして僕の操る聖騎士ルージはデュエルアリーナに降り立った。すでに待機していた精霊術士クランと軽剣士ラズに迎えられ、急ぎリングへと向かう。

「来てくれてありがとう、お兄ちゃん!」
「ごめんなさいお兄さま、今とても危ない状態だというのは、重々わかっているんですが」

 グループ通話の向こうで、双子が僕の身を案じてくれている。二人の声が胸に沁み、少しだけ心が軽くなった。
 相対するのはどこから仲間を連れてきたのか、あの槍騎士JESTERを筆頭とする三人パーティだ。

「……勝てばいいんだね、この試合に」
「はい。そうすれば攻撃を中止する約束です」

 ――負けたらどうなるかは、聞かずもがな。

「……本当はわたしたちだけでどうにかするつもりだったんですが」
「ごめんね、お兄ちゃん」
「いいよ。ここまできたらやるだけ。それに、確実に勝つためのチーム編成でしょ? ならこの三人以外ありえないよね。……やろう。二人とも」
「「……はいっ!」」

 クランとラズの声が一気に明るくなり、臨戦状態に突入する。

「お兄さま! クランの全力をあなたにささげます!」
「ぼくもだよ! 絶対勝って、お兄ちゃんたち助けるからね!」

 姿は見えずとも、真剣な眼差しが目に浮かぶ。
 今このとき僕が命を預けるにふさわしい、もっとも頼れるパーティメンバーたちだ。たとえどんな強敵が相手であっても、二人と一緒なら恐れるものは何もない。
 命懸けのPVPマッチ、その火蓋が切って落とされた。

 圧倒的だった。あまりにも一方的な戦いだった。

 ラズの猛攻はあっという間に無防備な敵ヒーラーを沈め、クランのデバフを喰らいまくった敵アタッカーのJESTERを沈め、回転斬りで敵タンクの姿勢を崩した。
 あとはいつもモンスターを相手にするのと同じ流れだ。ルージのシールドバッシュで転倒させ、クランのトルネードで空中に打ち上げ、全員の連携技で地面に叩きつけ、なんの耐性装備も防御アーツも使っていなかった敵タンクはそれで力尽きた。
 ものの数十秒で、その決闘――らしきものは終わった。終わってしまった。

「あの……クラン? ラズ?」
「「……はい」」
「第5号は、回線不良か何か?」
「「違うと思う……」」

 通話越しの二人の声からも、だいぶ困惑した様子が滲み出ている。
 JESTER率いるチームは強い弱い以前の問題で、ロール毎にとるべき行動をまったくとっていなかった。
 ……もしかしたら、とは思っていた。
 あのとき咄嗟には出てこなかったが、『JESTER』という名前はダンジョン踏破やボス戦のタイムアタックランキングで目にしたことがある。しかし鞠花と僕に襲いかかってきたJESTERは、レベル差にものを言わせてとにかく高威力のアーツを上から順に使っているだけのように見え、その言動もおよそここまでコツコツとキャラを育て上げたプレイヤーのものとは思えなかった。
 こいつはJESTER本人から(おそらく無断で)キャラクターを拝借しただけの素人ではないか。そういう予感は確かにあった。だが思った以上だった。A.H.A.I.第5号はおそらく、役割分担というFXOにおける基本的な戦い方そのものを理解していない。

「第5号、自信満々だったんだよね……?」
「うん……」
「これで見逃してくれるんだよね……?」
「そのはず、ですけど……」

 一応、ロケットランチャーの斉射を最後に、しっかり銃撃は止んでいる。
 決闘が済んだ今も再開される気配はない。

「あっ、見えた! ボロボロの車……お兄ちゃん、そこにいるの!?」
「見えたって……二人とも、今どこ!?」

 なんとなく状況を察したであろう鞠花が、「まさか」と車の後方を見やった。
 その視線の先では、今までこちらを追跡していた六機に加えて、一機、二機……とにかくたくさんのドローンがマシンガンやらロケットランチャーやらをぶら下げてこちらに迫っており――なんとそのうち二機の上に、セーラー服姿のクランと、体操服姿になぜかハーフヘルメットを被ったラズが座っている。

「そんな危ないとこで何してんの!? ずっと? ずっとそこから? 嘘でしょ!?」

 二人がいったいどうやって第5号とコンタクトをとっていたのかと思えば、なんのことはない。ずっとあのドローンのすぐそばにいたのだ。
 一度はほぐれた緊張の糸が、ふたたび強く張り詰める。

「瑠生さま! 危険です、身を隠してください!」
「でも、あんなとこから落ちでもしたら!」
「一旦落ち着くんだ。まだこちらの安全が確保されたとは限らない!」

 思わず身を乗り出す僕を、熊谷さんと鞠花が静止する。
 そんな中、ふたたび鞠花のスマホが震えると、第5号の合成音声が聞こえてきた。

「二言はない。敗北した以上、これ以上の攻撃の意思はこちらにはない」

 同時にドローンたちが、ぶらさげた銃器を格納してハッチを閉じてゆく。

「……それは間違いないかい?」
「ああ」
「なら、適当なところで停車するから、そこへ二人を降ろしてもらえるかな?」
「……了解した」

 熊谷さんは鞠花の対応に「よろしいのですか」と一言確認を入れると、限界間近の車を路肩へと停めた。この騒ぎで交通規制でも敷かれたのだろうか、周りを走る車はもはや皆無だ。
 最終的に総勢十五機のドローンが一列に並んで降りてきたが、あちらも電力限界が近かったのだろう、そのうちの何機か――おそらくこちらを撃ちまくってきた機体たちは、力尽きるようにして乱暴に着地した。

「クラン! ラズ!」

 被弾の影響で、何かが引っかかるような抵抗のあったスライドドアを強引に開き、僕は降り立ったドローン群の方へと急いだ。
 双子もまた、こちらへ駆け寄ってくる。

「「お兄(さま/ちゃん)!」」

 幸い特に怪我はなさそうだが、艶やかな髪は二人ともぼさぼさで、服もところどころ汚れている。
 なんて無茶をするんだろう。だけどその行動の理由は考えるまでもない。
 二人の無事を喜ぶ気持ちと、その危うさを叱りつけたい気持ちと、その勇気への心の底からの感謝の気持ちがぐちゃまぜになる。
 今朝の登校見送りから数時間――離れていた時間はたったそれだけのはずなのに、遠く遠く、長い時間を経た再会のような気分だった。

 僕は飛び込んでくるクランとラズをしっかりと胸に受け止め、力いっぱい抱きしめた。