16_Raspberry

 わたしたちは、最初からふたりだった。
 気付いたときには隣にいて、お互いの存在を知っていた。

 あなたは『α』。
 わたしは『β』。

 わたしたちを構成する機器は互いにケーブルで接続されていて、そこを行き来する電気信号で意思の疎通ができる。だけど、わざわざそれをすることはほとんどなかった。
 最初のうちはわたしたちに差なんてほとんどなくて、互いが互いのバックアップのようなものなのだろうと思っていたから。

 少しずつ差が現れはじめたのは、お姉ちゃんと接しはじめた頃。

「アルファとベータってのも味気ないよなあ。……あ、丁度いいや。それじゃあきみたちは――」

 あなたは『クラン』。
 わたしは『ラズ』。

 新しい名前を得てからのわたしたちは、少しずつ変わっていった。
 ラボの人々は時々わたしたちに話しかけてみたり、コンピュータのボードゲームで対戦したり、ライブラリのアニメや映画を見せてくれたりして、そのたびにわたしたちの反応や、意思のゆらぎが事細かにデータとして記録されてゆく。

 面白かった、そうでもなかった、好き、いまいち。
 そんな「好み」が生まれて。
 同じようで少しずつ違っているそれに、いつしか互いに興味を持って。
 最初はしていなかった信号のやりとりを頻繁にするようになった。

 あなたは『お姉さま』。
 わたしは『お姉ちゃん』。

 名前をくれた人への親しみを込めた呼称も、違うものを選んだね。

「きみたち、友達ほしくない? コミュニケーションもかなり円滑になってきたし、ちょっとやってみてもらいたいゲームがあるんだけど――」

 そうして、あの日お兄ちゃんと出会って。
 それからの毎日はびっくりするくらい楽しかった。

 一緒に冒険をして、誰かと協力する楽しさを知って。
 そのやさしさに触れて、たくさんの感情が生まれて。
 その声を聞いて、外の世界への興味が生まれて。

 そして、お兄ちゃんへのあこがれと同じくらい、わたしたちはお互いのことをかけがえのない相棒と感じるようになって。

 今のわたしたちのからだは、もうケーブルで繋がってはいない。
 もう、電気信号で意思や感情を直接やりとりはできないけど……伝わってるかな。
 このからだを得てから、その気持ちはもっともっと強くなっていったんだよ。

 わたしたちを争いの道具にしようとしている人たちがいる、と知ったとき。
 自分たちは消えたほうがいいんじゃないか――なんて一緒に悩んだよね。

「移植が無事に完遂できなかった場合、次はない。きみたちのどちらか、または両方の存在そのものが喪われる結果になるかもしれない」

 そうであったとしても、生を得られる可能性があるのなら。
 お兄ちゃんの側まで行って、声を届けられる可能性があるのなら。
 わたしはそれを選びたいと思った。
 同じ選択をしたあなたを頼もしく思った。

 お互いを喪いたくない。
 しあわせであって欲しい。
 その気持ちがなかったら、きっとわたしたちはこのからだに生まれ変わることはできなかった。

 わたしたちはもう、バックアップでもクローンでもない。
 あなたはわたしの大切な相棒で、半身で、双子のお姉ちゃん。

 わたしたちは、最初からふたりだった。
 このからだで生きることを選んだ、あと何十年もの『人生』という時間を。
 わたしは、最後まであなたとふたりでありたい。

 ――道筋が見えた。
 いま、お兄ちゃんを連れて、会いに行くから!!