「あー、もしもし? 聞こえてます? ……よかった。ルージです、改めてよろしくです」
――初めての呼びかけを覚えています。
「あちゃー、どんまいです。それ初見、僕も引っかかって……」
「そうそうそんな感じです、今のタイミングばっちり!」
「あのクエストのやつかー。それなら近くのエリアで採れるんで、案内しますよ」
――優しく導いてくれた声を覚えています。
「タメ語で? ……そのほうがいい? わかった。じゃ、そうするね」
「うーん。ちょっと照れくさいけど、クランとラズが呼びやすいなら、そのままでいいよ」
――歩み寄ってくれた声を覚えています。
「よっし突破! 二人ともナイス! 連携カッチリ決まると気持ちいいねー」
「ったく。野良だとたまにああいう人いるけど、気にしないでいいからね。腹立つなー、クランは悪くないじゃんね」
「あぁ……テンション低い? うん。ちょっとリアルで下がることあっただけ……えっ、話すと愚痴になっちゃうけど。いいの?」
「それかー、気になってたんだけど観てないんだよね……おっ、アマプラにある。土日はこれ観よっかなぁ」
――いろいろな感情を伝えてくれた声を覚えています。
きっとそれは、あなたにとっては普通のことで。
決して長い時間ではなかったけれど。
わたしには、わたしたちには、とても特別なことだったから。
自分の声を持っていないことが、わたしはもどかしかった。
あなたが与えてくれた喜びを、あなたと同じように返したかった。
それはやがて、「あなたの隣にいたい」「一緒に生きてみたい」という欲求になって。
自分を喪うリスクも、かけがえのない半身を喪うリスクも、怖くないわけではなかったけれど。
その強い気持ちがあったから、きっとわたしたちは、ここに来ることができた。
――そうして出会えたあなたの姿は、声は。やっぱりとても特別なものに感じられて。
「きみたちが……『クラン』と『ラズ』? 本当に?」
さまざまな光と音にあふれる世界の中でも、五感でとらえるその存在はとてもクリアで。
「ごめんごめん、とりあえずあがって。ちょっと散らかってて狭いかもだけど――」
やっぱり、とても優しくて。
「うん、うちにいな。今日からここがきみたちの家ということで」
わたしたちを、あたたかく包み込んでくれて。
「ありがとう、僕のところに来てくれて。会いたかったよ」
もっともっとたくさんの喜びを与えてくれた。
わたしたちは、あなたとは違うもの。
きっとこの社会にとって、いびつでイレギュラーなもの。
その事実を意識したとき、わたしはたまらなく怖くなった。
「クラン、大丈夫だよ。僕はクランのこと嫌いになんてならないよ」
だけど全身を苛む激しい恐怖も、その言葉と抱擁でたちまち消えてしまった。
「そうだよ。だから安心して。何があってもきみたちのことを見捨てたりしない」
「見ていて欲しい人が自分を見てくれない心細さも、少しはわかるつもりだから」
「クランはお姉ちゃんだね。ラズに心配させないように、ひとりで不安を背負おうとしてたんだよね」
――わたしを理解して、受け止めてくれるあなた。
いま、あなたの胸に抱かれて。
あなたの瞳を見つめて知りました。
熱く甘く、胸の奥から溢れてくるもの。
わたしは。
わたしは、この人のことを――
『それは渡さない。――その感情は、ワタシのものだ』