13_Cranberry

「あー、もしもし? 聞こえてます? ……よかった。ルージです、改めてよろしくです」

 ――初めての呼びかけを覚えています。

「あちゃー、どんまいです。それ初見、僕も引っかかって……」
「そうそうそんな感じです、今のタイミングばっちり!」
「あのクエストのやつかー。それなら近くのエリアで採れるんで、案内しますよ」

 ――優しく導いてくれた声を覚えています。

「タメ語で? ……そのほうがいい? わかった。じゃ、そうするね」
「うーん。ちょっと照れくさいけど、クランとラズが呼びやすいなら、そのままでいいよ」

 ――歩み寄ってくれた声を覚えています。

「よっし突破! 二人ともナイス! 連携カッチリ決まると気持ちいいねー」
「ったく。野良だとたまにああいう人いるけど、気にしないでいいからね。腹立つなー、クランは悪くないじゃんね」
「あぁ……テンション低い? うん。ちょっとリアルで下がることあっただけ……えっ、話すと愚痴になっちゃうけど。いいの?」
「それかー、気になってたんだけど観てないんだよね……おっ、アマプラにある。土日はこれ観よっかなぁ」

 ――いろいろな感情を伝えてくれた声を覚えています。

 きっとそれは、あなたにとっては普通のことで。
 決して長い時間ではなかったけれど。
 わたしには、わたしたちには、とても特別なことだったから。

 自分の声を持っていないことが、わたしはもどかしかった。
 あなたが与えてくれた喜びを、あなたと同じように返したかった。

 それはやがて、「あなたの隣にいたい」「一緒に生きてみたい」という欲求になって。

 自分を喪うリスクも、かけがえのない半身を喪うリスクも、怖くないわけではなかったけれど。
 その強い気持ちがあったから、きっとわたしたちは、ここに来ることができた。

 ――そうして出会えたあなたの姿は、声は。やっぱりとても特別なものに感じられて。

「きみたちが……『クラン』と『ラズ』? 本当に?」

 さまざまな光と音にあふれる世界の中でも、五感でとらえるその存在はとてもクリアで。

「ごめんごめん、とりあえずあがって。ちょっと散らかってて狭いかもだけど――」

 やっぱり、とても優しくて。

「うん、うちにいな。今日からここがきみたちの家ということで」

 わたしたちを、あたたかく包み込んでくれて。

「ありがとう、僕のところに来てくれて。会いたかったよ」

 もっともっとたくさんの喜びを与えてくれた。

 わたしたちは、あなたとは違うもの。
 きっとこの社会にとって、いびつでイレギュラーなもの。
 その事実を意識したとき、わたしはたまらなく怖くなった。

「クラン、大丈夫だよ。僕はクランのこと嫌いになんてならないよ」

 だけど全身を苛む激しい恐怖も、その言葉と抱擁でたちまち消えてしまった。

「そうだよ。だから安心して。何があってもきみたちのことを見捨てたりしない」
「見ていて欲しい人が自分を見てくれない心細さも、少しはわかるつもりだから」
「クランはお姉ちゃんだね。ラズに心配させないように、ひとりで不安を背負おうとしてたんだよね」

 ――わたしを理解して、受け止めてくれるあなた。

 いま、あなたの胸に抱かれて。
 あなたの瞳を見つめて知りました。
 熱く甘く、胸の奥から溢れてくるもの。

 わたしは。
 わたしは、この人のことを――

『それは渡さない。――その感情は、ワタシのものだ』