09_双子とゲームとお兄(さま/ちゃん):Day3

「それじゃ、いってきます」
「「いってらっしゃい、お兄(さま/ちゃん)」」
「いってらっしゃいませ」

 ありふれた挨拶なのに、誰かとそれを交わすのはすごく久しぶりのことだった。週明け月曜日、僕は双子と猫山さんに見送られて大学へと出発した。

 目が覚めれば今日も傍らにクランとラズが眠っていて。
 ともすれば「実は全部夢だったんじゃないか」と思うような非日常的な週末の出来事も、新たな日常の一部になった――二人の愛らしい寝顔は、そう物語っていた。なお、今日のシーツは無事であった。
 自分のことをめちゃくちゃ慕ってくれる、世間知らずで幼い双子の美少女(12)との同居生活・激ウマご飯を用意してくれる美人のお手伝いさん付き。
 夢だとしたら無意識下の願望がやばすぎる。ネトゲのフレンド相手になんて妄想だよ。

 双子のいる生活は楽しく、危惧された衣食住の諸問題は、強力なバックアップによりほぼほぼ解消されたとみて良いだろう。
 しかし、昨日感じた自己嫌悪は未だ胸中で毒を撒き続けており――果たして僕は彼女らの身を預かるのに相応しかったのだろうか、などというネガティブ案件に発展しつつあった。

 自宅から大学までは電車一本、ドア・トゥ・ドアで四〇〜五〇分ほどかかる。
 最寄り駅からキャンパスまでの道のりは結構な上り坂になっているのだが、バスは混むので、どうしてもだるいとき以外は歩いて登るようにしている。
 今月始めに無事二年生に進級し、受ける講義も一新されたものの、学生生活に体感としてさほど大きな変化があるわけでもない。

 この日の一限目と二限目もいつものように平和に終了し、毎週二限目を一緒に受けている友人とともに、僕は学食へ向かったのだった。

 学食の麻婆豆腐が、今日はいまいち味がしない気がする。

「瑠生、なんか難しい顔してんね」

 テーブルの向かいでナポリタンにフォークを突っ込んでくるくる回しながら、大学における僕の数少ない――もとい、ほぼ唯一の友人こと天田水琴(アマダ・ミコト)は言った。

「そうかな」
「うん。悩んでますって顔に書いてある」

 水琴がナポリタンを頬張る。
 彼女とは高校時代からの友達付き合いだが、通っている学校が一緒だったわけではない、予備校仲間である。同じ授業を幾つか受けていた僕たちは、志望校が同じということでよく話すようになり、意気投合したのだった。
 僕はもともと人付き合いが苦手で、大学に入ったはいいものの、友人はまったくできなかった。というか、ろくに作ろうともしなかった。サークルの勧誘を受けて見学がてら新歓コンパにも行ってみたものの、結局ノリについていけず入部は見送った。
 そんな中で再会したのが水琴である。ロングの黒髪がベージュに染まっているのを見たときは、こいつもウェーイに染まってしまったのかと面食らったものだったが、彼女曰くこれこそ校則から解き放たれた真の水琴さんスタイルだといい、実際おしゃれな彼女によく似合っていた。

「……いやなんか言え」
「ああ、ごめん。ぼーっとしてた」
「重症じゃん……マジでどうした」

 ……うん。水琴になら、話を聞いてもらうくらいしてもいいかもしれない。

「週末、ちょっと親戚の……遠縁の子が遊びに来てさ。双子の女の子で」
「へえ、いいじゃん。幾つ?」
「十二だって。……その、実際に顔合わせるのは初めてだったんだよ」

 僕はクランとラズがうちにやってきたことを説明した。
 ただ、『鞠花の研究所が絡んでいることは秘密』というお達しもあるので、大部分はぼかしておく。具体的には、彼女らを預かることになって今も自宅にいるとか、そのために姉の研究所が即日隣部屋を押さえていろいろ送り込んできたこととか、熊谷さん猫山さん周りとかは伏せた。そのあたりまでいくと、そもそも謎案件すぎてそっちに話を持っていかれる。

「……要するに、向こうはお姉さんの紹介で瑠生の素性をだいたい知ってたけど、瑠生は双子ちゃんのことをおとといまで知らなくて――そんなことある? まあいっかなんだっけ、金溶かすやつみたいな名前の」
「FXOね」
「それ。双子ちゃんがそのゲームやめんといけなくなったとき、瑠生はウザがられて切られたんだと思ったけど、実際そんなことなくて、会ってみたらめっちゃ好かれてた」
「まあ、そんな感じ」
「……ハッピーエンドじゃね?」

 そこまでをそうまとめると、そうなるよなあ。

「いやさ……百パー嫌われたって思ってたわけじゃないよ? けどやっぱ、どうせそうなんだろって思っていじけてたのが……後ろめたい」
「真面目か」
「だって凄いいい子たちなんだよ」
「あー、子供のピュアさに焼かれた感じ……? 向こうのこと知らなかったんじゃしょうがないって。多分あたしでも同じこと思うよ、そのシチュ」
「なのにごまかすようなことまで言っちゃって。自分の口から咄嗟にそういうのが出てきたのもすごい嫌でさ」
「あ、うん。それはちょっとしんどいな」
「……そこん家の人も『二人のことよろしく』的なこと言うんだけど、一回そう思っちゃうと……僕みたいなのがよろしくされていいのかなって」

 ここでいう『そこん家の人』は、猫山さんのことである。

「よしよし大丈夫大丈夫、瑠生が特別心狭いわけじゃないから」
「自信ないよ。本当に僕で良かったのかな」
「……えっ……なんか重くね? 双子ちゃんはあんたの嫁にでも来たの……?」

 口を滑らせた、と思う余裕すらなく、僕は弱音を吐いていた。
 水琴はそんな僕と天井を見比べながら「うーん」と唸っていたが、やがてぽつりと言った。

「瑠生さあ、ピュアな双子ちゃんの手前、ちゃんとした大人やろうって肩肘張ってたんじゃない?」
「……それは」

 水琴には伝えていないが、僕は二人の保護者となるわけで。
 そうあらねばならないという意識はもちろんある。

「ちょっと力抜いたら? その、なんとかってゲームやってたときは普通に友達同士だったわけでしょ。あたしがその子らだったら、友達には気楽に、自然体でいてくれたほうが嬉しいけどな」

 自然体で……つまり、あるがままに。昨晩の猫山さんにかけられた言葉が思い出される。
 クランとラズは幼くて、僕はそんな二人の身を任されて……だけど、そもそもの僕たちの関係は、水琴が言うように肩肘張らずに笑い合えるようなものでもあったはずだ。

「後ろめたくなっちゃうのもわかるけどさ。だったらそのぶん、これからいっぱい仲良くして、かわいがってあげたらいいじゃん」

 前向きな言葉の数々に、少し心が軽くなった気がする。
 水琴が言っていることは、僕が抱えたモヤモヤを晴らす大きなヒントに思えた。

「……そっか。……そうかもね。うん、そうしてみる。ありがとね、水琴」
「おし、戻ってきたね」

 持ち前の明るい笑顔を見せる友人の姿が、過去イチ頼もしく見える。

「でも、瑠生がこんな弱ってるとこ見るの初めてだわ。ちょっと嬉しいかも」
「えぇなにそれ、水琴ってそんな感じだったっけ」

 サディスト疑惑がスイと出た。やっぱり頼もしくないかもしれない。

「ドン引き顔やめてもらっていい? そうじゃなくてさ。……あんた、全然人のこと頼ろうとしないでしょ」

 水琴の言う通り、僕は誰かを頼るとか、助けを求めるといったことが得意ではない。

「それは……そうかも」

 他人に寄りかかりすぎないように、迷惑をかけないように……そして、信じすぎないように。かなり幼い頃から、そんな意識は常にあったと思う。
 僕の人付き合いに対する苦手意識の根本はここなのだろう。

「だから、弱み見せてくれて嬉しいって言ってんの」
「そっか。水琴の甘え上手を見習うべきかもね」

 思い返せばそもそも、彼女と絡むようになったきっかけは、居眠りを起こしたらついでにノートを映させてくれと頼み込まれたことだ。

「それはそう。真似していいよ」

 不敵な笑み。彼女はなぜか得意げだ。

「……うん、少し見習うことにする」

 ――これから先、クランとラズを守っていくには、僕一人の力ではきっとどうしようもなくて。現に今、猫山さんや鞠花の「ラボ」の力を大いに借りていて……そして友人に、苦悩に寄り添ってもらっている。
 苦手だからといって誰にも寄りかからずやっていくのは、きっともっとしんどい。

「やけに素直じゃん」
「まあ、今日はちょっとね」

 ちょっと安心したら急に空腹感が増した気がする。我ながら現金なものだ。
 頬張った麻婆豆腐は、いつもの学食の味に戻っていた。

「そういや写真とかないの? 双子ちゃん」
「ああ、ちょっと待って……はい」

 僕は昨日送ってもらった写真を画面に表示し、水琴にスマホを手渡した。
 スマホケースを買ったときの記念撮影、彼女たちがはじめて撮った自撮りだ。

「……これなんも盛ってないよね? 顔の良さエグいな」

 水琴は画面に顔を近づけ、写真をまじまじと眺めている。
 気持ちはわかる。僕もそう思う。

「うおかっわ……こりゃ瑠生があんなんなってたのちょっとわかるわ。てかこの服メイド喫茶? 瑠生の趣味?」
「ちょ、勝手に前の写真見ないでって!」

 僕は父母と血が繋がっていない。父母の実子である鞠花姉さんとも然りだ。
 今の実家である緋衣家に引き取られたとき、僕は四歳だった。
 産みの両親を亡くし、親戚たちからはたちまち厄介案件となり、児童養護施設への入所が検討されていた頃――両親の死から二週間後のことだ。
 部屋の隅で膝を抱えるばかりの二週間を、僕は未だに忘れられずにいる。

 何かわけありで、姉の研究所に預けられていた子供という双子の境遇を、僕は必要以上に過去の自分と重ねすぎていたのかもしれない。

 彼女たちに見るべきは過去の自分の姿でも、自分の心の暗部でもない。
 クランという一人の女の子。
 ラズという一人の女の子。
 その心のありようであるはずだ。

 あるがまま自然体であるべし。
 猫山さんの言葉と水琴の励ましが、僕に前を向かせてくれている。

 午後の講義もつつがなく終了し、自宅の前まで帰ってきたのは一七時頃だった。クランとラズの自習環境が二〇一号室にあるため、ひとまずそちらに帰ることにした。
 自分の勉強やレポート作成、小遣い稼ぎのアルバイトでやっているデータ入力業務などは引き続き本来の居室である二〇二号室でやるつもりでいるが、それ以外はなるべく双子と一緒にいようと思う。
 壁一枚向こうという目と鼻の先に存在しながら、つい先日まで未知の領域だった場所に「帰る」というのも妙な気分だ。そんなことを思いながら、二〇一の扉を開ける。

「ただいまー」
「「お帰りなさい、お兄(さま/ちゃん)!」」
「おっ、おぉぉ……?」

 クランとラズが、なんかすごく可愛い格好で待ち構えていた。
 矢絣模様の和服ベースなのだが、袴にボリュームがあってドレスのようになっており、昨日のメイド服よろしく白いエプロンとヘッドドレスがついている。凝った和風の喫茶店にでもいそうな格好だが、こういうのはなんと呼べばいいのだろう。

「二人とも、これはいったい」

 昨日のメイド衣装も似合っていたが、和装も華やかで素晴らしい。
 押し寄せるかわいらしさに変なスイッチが入りそうになるところを、僕は努めて冷静な声色をつくった。

「はい。昨日あの箱に入っていたお洋服を着たら、お兄さまがとっても喜んでくれたので」
「今日はこれ着てお出迎えしてみたらって、猫山さんがやってくれたんだ」

 猫山さんの姿を視界に捉える。キッチンでお湯を沸かしてお茶の用意をしているようだった。

「おかえりなさいませ、瑠生さま」

 彼女は、凛々しさ三割増しの得意げな笑顔をこちらに見せた。どうです! と言わんばかりな自信満々のドヤ顔である。
 ああ……昨日の一件で、完全に着せ替え大好き人間だと思われている――!

「……あの、お兄さま……もしかして困」
「困らない。超可愛い。非常に良い、星5です」

 ぐぬぬっている僕をクランが心細げに見つめるので、食い気味に答えてしまった。

「良かったぁ」

 安堵のスマイル。素直に天使だと思う。

「これは『和メイド』なんだって。お手伝いするよ! お荷物こっちにどーぞ、お兄ちゃん」

 微笑ましい申し出とともに、ラズの手が差し出された。猫山さんに負けず劣らずのドヤ顔である。

「ああ、これはどーも。よろしくお願いします」

 通学用のショルダーバッグを預けると、彼女は目を丸くする。

「け、結構おもいね」
「参考書とかいろいろ入ってるからね。後であっちの部屋に持っていくから、適当なところに置いといてくれたらいいよ」

 不意打ちの嬉しいお出迎えに、顔面が気持ち悪くならないよう必死に堪えながら、僕はスニーカーを脱ぎにかかった。
 深呼吸。アンド深呼吸。めちゃくちゃ真面目なことを考えながら帰ってきた気がするんだけど、全部持って行かれた。
 猫山さんめ……! 凄く良いチョイスだと思います。

 今日のクランとラズは、社会常識やマナーについてまとめられた小学生向けのテキストを読んでいたようだった。
 ぱらぱらとめくってみたが、普段何気なくとっている行動について事細かに書かれており、改めて見てみると「これ、できていますか?」と問われているような気分になる。もしかしたら、大人になった今こそ一読しておくべきものかもしれない……。

 時刻は二二時を過ぎた頃。
 僕たちはベッドの上に三人で座り、真ん中に積んだトランプの山札を囲んでいた。
 風呂上がりでパジャマ姿の双子は、それぞれ額にカードを掲げてむむむと唸っている。クランはハートの11。ラズがダイヤの6だ。僕も同じようにカードを掲げているが、自分のカードが何であるかは全員わかっていない。
 手札は一枚、相手の札や表情や言動を観察して勝負に乗るかどうかを決める、インディアン・ポーカーである。

「ふーん、これは勝っちゃったかなぁ?」

 とりあえず揺さぶりをかけてみると、途端にクランの眉尻が下がり「うう……」と蚊の鳴くような声を上げる。

「いーや、これはお兄ちゃんのハッタリだねっ。ラズは勝てるとみたよっ」

 一方のラズは強気だ。

「じゃあ勝負する?」
「する!」
「く、クランは降りますっ」
「せーのっ」

 僕とラズが掲げていたカードを出し合う。僕の手札はクラブの8だった。

「にゃー!」
「あぁっ、今の勝てたんですね……」

 ラズが突っ伏し、クランは自分のカードを眺めてしょんぼりしている。
 二人の「何かやったことのない遊びがしたい」というリクエストに対し、とりあえずでチョイスしたのがこのゲームだ。ルールがひたすらシンプルなのでサクッと遊べてサクッと終われる。

「お兄ちゃんずるい!」
「ずるくないよーだ。これはこういうゲームなんだから」
「さっきのゲームはお兄さまにも勝てたのに……」
「うん。というか、さっきは手も足も出なかったね、僕」

 二〇一号室に持ち込まれた荷物の中には、ボードゲームやカードゲームの類も入っていた。
 せっかくなので今日はそれを遊んでみようということで、お風呂タイムの前に、チェスやオセロで対戦してみたのだが――僕はまったく歯が立たなかった。
 駒の動かし方くらいしかわかっていなかったチェスはともかく、オセロは四隅を狙うというセオリーくらいは知っていたんだけど。

「二人ともチェスもオセロもうまかったね。姉さんのとこでもやってたんだっけ?」
「はい! ラボの皆さんとも遊んだことがあります。お姉さまは特に強かったです」
「お姉ちゃんにはなかなか勝てなかったね……でもラズたち、その次に強かったよ!」
「うぅ……そうなんだ」

 鞠花と比べて超絶弱いとディスられている心持ちになったが、訊ねたのは僕なので完全に自爆である。

「あとは囲碁とか、チェッカーとかもできるよ! ラズはトランプとかサイコロみたいな運のゲームも好きだったけど……クランはそういうのあんまり好きじゃなかったっけ」
「あ、そうなの? 次は違うのにする?」
「いえ! 確かに前はそうでしたけど。今はお兄さまと一緒に遊べるのが楽しいから、もっとしたいです」

 柔らかいクランの笑みは、それが僕へのフォローではない、本心からの言葉なのだと感じさせてくれるものだった。

「クランはいい子だねぇ」

 思わず身を乗り出して、その頭をくしゃくしゃと撫でてしまう。はわわ、とハートのジャックで顔を隠してしまうさまがかわいくて、余計にくしゃくしゃしたくなる。

「あぁっ! ら、ラズもいい子ですよ……?」
「はいはい、ラズもいい子いい子」

 頭を突き出してきたラズを同じように撫でると、満足げな顔をしながらころんと寝そべってしまった。奔放な性格といい、この子はなんというか猫感が強い。
 クランはベッドの揺れで崩れかけたトランプの束を、さりげなくまとめてケースにしまい始めた。しっかり者の側面がうかがえる。

「ラズもね、お姉ちゃんのところでいろんなゲームしたり、映画観たりしたけど、お兄ちゃんと遊んだゲームがいちばん面白かった」
「あー、それはわかるなあ。僕もはじめてオンラインゲームやったときは、すっごくワクワクしたから」

 ネットワークを通じて誰かと一緒に冒険ができる――新しい世界が開けたようなあの感覚は忘れがたい。苦い思い出もあれど、最初の楽しい気持ちもまた、色あせないものだ。

「うーん。そういうのもあるけど」
「それだけじゃなくて」
「「楽しかったのは、お兄(さま/ちゃん)だから」」

 声を合わせて、双子が言う。

「ラズたちね、お兄ちゃんが声で話しかけてくれるのが好きだったんだよ」
「ボイスチャット?」
「そう!」

 ギルド解散騒ぎのギスギスした雰囲気が嫌すぎて、顔見知り以外の相手には二度と使うまいと思っていた機能である。
 ……彼女たちのタイピング速度についていけなくて、速攻で封印を解いたのだが。

「クランたちはテキストでしかお話できなかったけど」
「お兄ちゃんがたくさんたくさん話しかけてくれて!」
「身の回りのお話もしてくれて」
「知らなかったこといっぱい教えてくれて!」
「……そっか」

 二人の弾む声があたたかい。
 利便性のためにとった選択が、思った以上に喜ばれていたらしい。

「初めてだったんです、そういう接し方や、お話をしてくれて」
「お友達になってくれたひとが、お兄ちゃん」
「だから今、こうやって自分の声でお兄さまとお話できるのが」
「「とっても嬉しい!」」

 彼女らはまた、曇りない直球の笑顔で好意と喜びを表現してくれる。
 僕からしてみればなんということのない雑談が、クランとラズにとっては、きっと初めてで。回線越しに誰かの声が自分たちに届くことが、とても特別なことだったのだろう。
 僕の言葉は、楽しい気持ちは、確かにこの二人に通じていたのだ。

「……そうだね。こうして話ができるのって、楽しいね」

 もちろん、僕はこれからクランとラズを守っていかなければならない。
 だがそれ以前に――緋衣瑠生は、彼女たちの一人の友人なのだ。

「僕も今、すっごく嬉しいよ」
「「ほんと!?」」
「うん。きみたちが来てくれて嬉しい。話ができて楽しい」

 二人がそうしてくれるように、僕も素直な気持ちを伝えよう。

「……ホントのこと言うとね。きみたちがFXOからいなくなったとき、二人から嫌われちゃったのかなって思ったこともあったんだ」
「やっぱり、お兄さまもそうだったんですね」

 昨日、買い物に出たときも僕の顔色を気遣ってくれたクランだ。僕の様子から何事かを感じ取ってくれていたのだろう。

「ラズたち、お兄ちゃんのこと嫌いになんてならないよ!」

 身を起こし、見上げてくるラズの瞳は、やはり迷いなく真っ直ぐである。

「そうだね。きみたちはずっと信じててくれたのに、僕は勝手にそう思い込んで、ふてくされたりしてて。ごめんね、かっこ悪いね」
「「そんなことない」」
「ラズたちが信じていられたのは、お兄ちゃんの声が聞こえてたから。お兄ちゃんの声がずっとやさしかったからだよ」
「そうです。だからクランたちもずっと、自分の声で伝えたかったんです。こんなに嬉しいんだって」

 クランもまた、身を乗り出して訴えてくる。
 取りこぼしていた彼女たちの気持ちが、胸いっぱいに流れ込んでくるようだった。

「うん。こうして話せて、すごーく伝わってるよ。だから僕ももう大丈夫」

 あるがままに、自然体で。
 友人として心からの言葉をもう一度。

「ありがとう、僕のところに来てくれて。会いたかったよ」

 そして二人を守っていく誓いを込め、両腕でしっかりと抱きしめる。
 最初の夜、二人が僕の胸に飛び込んで与えてくれた、あのあたたかさを返すように。

「……嬉しいです。クランもずっと、お兄さまに会いたかったです」
「……ラズも嬉しい。お兄ちゃんに会いに来てよかった。クランと一緒に頑張ってよかった」

 二人は小さな両手を僕の背に回し、それを受け止めてくれた。

「その……たまにこういう弱音吐いちゃうこともあるかもしんないけど」
「そういうときは、ラズたちが撫でたげる!」
「はい。クランたちが受け止めます。……今はお世話になりっぱなしですけど」
「お兄ちゃんが困ったときは助けられるように頑張る。全部頼りっきりだと、タンクだって潰れちゃうもんね」
「回復アーツも頑張って覚えます!」

 ……ここで例えがゲームになるのが、なんともこの二人らしいが。

「ありがとね。頼もしいな」

 時は四月の中ごろ、二十歳の春。
 少し変わった不思議な双子との同居生活は、こうして始まったのだった。