1 / 緋衣瑠生
日本国内におけるマシンガンとロケットランチャーの乱射という大事件にも関わらず、今回のあれこれが大々的に報じられることはなかった。せいぜい翌朝のニュースで、首都高での爆発がトラックの積荷の事故として小さく触れられた程度だ。
ドローンの攻撃について真面目に書いていたのは東スポくらいのもので、それによって東スポに謎の信頼を寄せたラズが購読者になりかけたのだが、全力で止めた。そんなおっさんみたいな女子中学生はマジでやめてほしい。
アウタースペースをはじめとした各種SNSにも、当日こそドローンやらドローンにぶら下がったJCやらドローンに乗っかったJCやらの目撃談があがっていたが、写真は驚くほど出回っておらず、どれも大きく盛り上がる前に他のバズりに呑まれて消えていった。
僕たちの友人たるバイク乗り・天田水琴がその宣言どおり、クランのパンチラを全部通報した説がラズによって唱えられたが、もちろんそんなわけはない。その説を聞いたクランは半日引きこもった。
というか、僕たちだってあんなことに巻き込まれた以上、公的機関の取り調べかなんかを受けそうなものだが、それすらなかった。
なんらかの大きな力がはたらいて、情報を隠蔽している――そんな印象を受けると鞠花に話したところ、おおむねそのような認識で構わないとのことだったが、鞠花自身も詳細なところまでは知らないそうだ。
それから二週間が経ち、今日は五月末の日曜日。
来月の二十日は(AIとしての起動日を起点とする)クランとラズの誕生日である。お祝いにどこかへ出かけようという話になっているので、僕たち三人はネットやらフリーペーパーやらのおでかけ情報を物色していた。
「ねえクラン、こっちはどう?」
「あ、わたしもちょっと気になってた……これとかは?」
「いいね! ここも行きたい!」
ラズがぐっと親指を立てる。この一年だけでもそこそこいろんなおでかけスポットへは行った気がするが、彼女たちのいろんなものへの興味は、まだまだ尽きない様子だ。
僕も確か、二人が喜びそうなスイーツのあるカフェ情報を見たはずなんだけど……と、ソファにもたれながら、アウタースペースでいいねした情報を見返している。
アウターそのものの運営は健在であり、今のところ大きく変わった様子はない。
しかし、試験的に実施される予定だったフリマの即日配送については、早々に中止のお知らせがリリースされていた。配達ドローンとその制御に使う予定だったA.H.A.I.第5号がああいうことをやってしまったので、羽鳥先輩が言っていたとおり、計画が潰えたのだろう。
あれから先輩は、そして第5号はどうなっただろうか。
そんな僕の考えに応えるかのようにスマホが震え、LINEのメッセージ受信通知が画面に現れた。
「あ、羽鳥先ぱ」
「いつの間に! 連絡先を!」
「いや、高校のときだけど……」
秒でクランが隣にやってきて、画面を覗き込んでくる。
先輩からの実に四年ぶりのメッセージを確認すると……それはドローン騒動の後始末がおおむね済んだ、というものだった。
そしてそこには、懸念されていたあのやろうの安否についても書かれていた。
「第5号、無事みたい」
「ホント!?」
ラズが喜びの声を上げ、クランも安堵の笑みを浮かべる。なんだかんだで、第5号の処遇を一番案じていたのは彼女たちだった。
「『業務からは外されちゃったけど、双子ちゃんとの約束、守れそうです』だって。近々挨拶に来てくれるってさ」
「良かったぁ、楽しみだな。近々っていつだろ」
ピーンポーン。
今度はラズの言葉に応えるように、インターホンが鳴った。
……今日は特に荷物が届く予定とかもなかったはずなんだけど。
そんなわけないよな。
「あ、瑠生ちゃん。ごめんなさい急に」
「近々にも程がある!!」
そんなわけあった。
玄関の扉を開けると、そこにいたのは羽鳥青空その人だった。
「先輩、まさかこんな即来るとは思いませんって。全然、おもてなしする準備とかしてなくて……クラン? 睨むのやめなさい」
僕の左腕にはいつの間にか双子の姉がしっかりしがみついていて、禍々しいオーラを放っていた。すごい警戒心だ。
「いえ、お構いなく。本当にちょっと寄っただけなので。ちゃんとした挨拶は後日」
「羽鳥青空。だからおれも進言したんです、これはほぼアポ無し訪問と同義だ」
どこからともなく、あの合成音声が聞こえてくる。
「第5号、来てるの?」
ラズが顔を出すと、羽鳥先輩はスマホを取り出し、画面をこちらに見せてくれた。
「ああ。もちろん羽鳥青空の端末を介してだが」
黒い背景に『Leo』という白い文字が、発声に合わせて明滅している。
「A.H.A.I.第5号<オブザーバー>改め、『レオ』くんです。クランちゃんとラズちゃんに倣って、もうちょっと親しみやすい愛称をつけてみました」
「緋衣クラン、緋衣ラズ、緋衣瑠生。その節はすまなかった。……このとおり、最悪の処分は免れることができた。今後は近所付き合いも発生すると思うが、よろしく頼む」
なるほど確かに呼びやすく親しみやすい、良いニックネームだと思う。
……思うんだけど、なんか言ったなこいつ。
「そっか、よろしくねレオ! ……近所付き合いって、どういうこと?」
僕の疑問はラズが代弁してくれた。
「はい。今度、ここの上の三〇三号室に引っ越すことにしたんです。今日はその手続きついでに」
「まじですか」
「前々から引っ越したいとは思ってたんですけど、謹慎食らっちゃった今が機会かなって」
「そしておまえたちの近くにいれば、人間との付き合い方について学べると考えた。ぜひ教えを請いたい」
「いや、特別教えるような変わったことはしてないと思うけど……クラン? 唸るのやめなさい」
僕の左隣からは犬の威嚇みたいな低い声が漏れている。ものすごい警戒心だ。あと、腕をがっちり掴まれすぎてちょっと痛い。
「すごく歓迎されてないですね……ごめんなさい、色々勝手に」
「いえ、びっくりしましたけど、この子たちが来たときもいきなりでしたし、顔見知りが近くにいるのは嬉しいですよ。よろしくお願いします、先輩」
そう言うと、羽鳥先輩はいつもの柔らかな笑みを見せてくれた。
「……ありがとう、瑠生ちゃん。よろしくね。クランちゃんとラズちゃんも」
「まっかしといて!」
「お兄さまが、そう言うのであれば……!」
双子の妹がぐっとサムズアップし、双子の姉は不承不承といった様子で威嚇を中止する。
「ねえ、お兄ちゃん! 教えを請いたいって……もしかして……ぼくたち、レオの『先輩』になるってこと!?」
「まあ、そうと言えないこともない、かな……?」
「……お兄さま。クランは負けません。きっと成長してみせますから、どうかわたしを見守ってください……!」
「うん、もともと見守ってるつもりではあるんだけど……」
ラズが目を輝かせ、クランもクランでなんだかよくわからないやる気を燃やしている。
さらなる変化や波乱の予感とともに、あいまいで、賑やかで、少しふしぎな日々は続いてゆく。
――のだけど。
「ふっふーん。聞いた? ぼくたちのほうが『先輩』だよ、レオ!」
「構わない。そもそもおまえたちが第3号で、おれは第5号。『白詰プラン』におけるナンバリングも、おまえたちのほうが先行している」
「……『白詰プラン』?」
第5号から発せられたその言葉に、僕は妙な胸騒ぎを覚えた。
「あ、それ……わかる。ううん、知ってる。ぼくたちA.H.A.I.の開発計画の名前だ」
「はい。わたしもたった今……誰が、何の目的で行っているものかまではわからないですけど……」
クランとラズも、それを聞いて「思い出した」ようだ。
つまりこれもまた、AIシステムの頃から彼女たちの記憶領域に秘められていた情報ということ。
「……お兄さま? どうしたんですか?」
ただの、偶然だろうか。
産みの両親を亡くし、緋衣家に引き取られる前。
四歳までの僕の名前は――白詰瑠生という。
Ⅱ ロンリー・スウォーム・スカイハイ
おしまい