21_エピローグ:Day58 morning

 緋衣クラン・緋衣ラズ
 S県出身、六月二十日生まれ。A型。一卵性双生児。
 六歳より持病のため長期入院中であったが、今春退院。
 現在は在宅療養、および復学に向けての学習中であり、次年度から霜北沢中学校一年生として入学予定である――。

 ラボから送られてきた文書の内容をかいつまんで要約すると、だいたいこんな感じになる。
 僕とクランとラズは二〇二号室のソファに座り、各々のスマホ画面に映る偽造文書を眺めていた。

「お兄ちゃんと同じ名前、もらっちゃったね」
「ね。……なんだかより一層、家族になった感じがします」

 プロフィールに記載された氏名を眺め、二人は嬉しそうだ。
 今後の社会生活を送るにあたり、クランとラズには僕や鞠花と同じ苗字が与えられた。
 なお、既に何人かの友人知人には二人を「遠縁の親戚」として話してしまっているので、設定にはそれを反映してもらっている。
 当然ながら双子の本当の生い立ちはかなり前代未聞のものであり――「ラボ」の秘密等々も絡むものであるため、このような表向きの素性が必要になったのだった。

 彼女たちがうちにやってきて、もうすぐ二ヶ月が経とうとしていた。
 池梟での一件以降、クランにもラズにもこれといった異常はない。
 念のため週に一回、都内にあるラボの別室で診断を受けているが、現状まったくもって健康そのものということであった。

「前にもらった案と大きく変わってはないけど……ちょいちょい細かい設定が増えてるな。二人とも、覚えられそう?」
「はい。だいたいはわかったので大丈夫だと思います」
「学校に通うのはまだ先だし、細かいところはあとでいいよね?」
「でも、今日はお兄さまのお友達と会うんだよ。最低限は齟齬がないようにしておこう?」
「ん、そっか。それもそうだね」

 今日は、僕の大学の友人である天田水琴と会う約束をしている。
 厳密には、水琴からぜひクランとラズに紹介したい人物がいるという申し出があったからで――僕としても、それは今後の二人のために良いことだと思ったのだ。

「ほら深月、あいさつしな」
「はじめまして。妹の天田深月(アマダ・ミヅキ)です。お姉ちゃんがお世話になってます」

 かつての水琴を思わせる黒髪を二つ結びにした女の子が、ぺこりと頭を下げた。
 深月ちゃんは水琴の実家・天田家の末妹である。顔立ちも姉と似ていてかわいらしいが、性格はどちらかといえばおとなしいタイプだという。
 水琴にきょうだいがいることは知っていたが、なんと彼女はうちの双子が予定しているのと同じ中学に進学するらしい。

「よろしくね、深月ちゃん。こっちがうちの――」
「緋衣クランと」
「緋衣ラズです」
「「お兄(さま/ちゃん)がお世話になってます!」」

 名乗る我が家の二人はどこか得意げに、深月ちゃんの自己紹介に倣った。

「よろしく、双子ちゃん! はー……生で見るとマジでめっかわ」

 クランとラズがうちに来て、来年中学に通う予定であるということは、大筋が決定した段階で水琴に明かしてあった。……というのも、彼女はあれ以来ちょくちょく「また双子ちゃん遊びに来たら紹介してー」と口にするようになったからだ。

 現状、クランとラズには同年代の友達が存在しない。
 彼女たちが人間関係を築く取っ掛かりになってくれればと思い、僕は「妹を紹介したい」という水琴の申し出を二つ返事で受けたのだった。

「――ところでさ瑠生、聞き間違いじゃなかったらなんだけど」

 不思議そうな顔をして、水琴が言う。
 深月ちゃんも同じ顔をしている。
 ……うん。わかってる。普通はまず、そこ突っ込むよね。

「あんた『お姉さん』だよね?」

 そのとおり。
 FXOの『ルージ』は男騎士だが、緋衣瑠生は二十歳の女子大生である。

「いや、その……最初に会ったときには、もう呼び方が定着しちゃっててさ」
「はい。ルイさんはお姉さんですが、クランにとってはお兄さまなのです」
「それで、ラズのお兄ちゃん! お姉ちゃんでもいいんだけど、ラズもこっちの方が好き!」

 ……訂正すべきか迷ったこともあったが、結局好きに呼べば良いとそのまま放っておいた結果なので、このツッコミは来るべくして来たものといえる。

「一応、外ではやめるようにお願いしてたんだけどね」

 そう言うと、双子は「あっ」と口に手を当てた。

「まあ意外としっくり来るかも。瑠生って背高いし、割と王子様系だし?」

 水琴は妙に納得しているようだが、おまえまでそう呼んできたらほっぺたつねってやるからな。

「あの、緋衣さん。どうして『お兄さん』なの?」
「ラズのことはラズでいいよ!」
「こ、この苗字は大好きですけど、クランのことも名前でいいです。えっと、それはですね――」

 深月ちゃんが食いついてくる。
 話題の取っ掛かりはさておき、早速楽しげな会話が始まった。
 ……仲良くなれるといいな。

 クランとラズはこれから学校に通うようになり――そして外の世界を知っていく。
 新しい誰かと出会い、新しい何かを経験する。
 楽しい経験だけじゃなく、苦い経験も待っているだろう。

 文字どおり、二人の人生は始まったばかり。
 少し変わった生まれの子供たちだが、この先、何を学び、何を考え、何を成したいと思うのかは、彼女たち次第だ。

 その背を見守り、ときに手助けをして。
 あるいは、僕が助けられることもあるかもしれない。

 僕はクランとラズの友人として、家族として、これからを一緒に生きていこう。

 ――それはそれとして、今後も『兄』のままでいるかどうかは、少し考えようと思う。

Ⅰ ハロー・マイ・ディアレスト
おしまい