04_双子は懐いている:Day1 noon-afternoon

 ――いずれにせよ、もう少ししたら二人には瑠生と会ってもらうつもりだったんだ。
 研究熱心な姉が言うには、その上でわが家に双子を預けようというのが当初のシナリオだったらしい。いずれにせよ託児所はうちという筋書きだ。

 機密事項が関わるとかで詳細はぼかされてしまったが、主な理由としては、これから研究所はいつも以上の多忙となり、クランとラズを置いておけない状態になるからだという。
 その預け先として緋衣瑠生が指名された理由も先に語られたとおり、FXOを一緒に遊んだことで、すっかり僕に懐いていたから……というものだそうだ。
 預かり期間は可能であれば長期、もちろん人的・金銭的なサポートはする、とのこと。

 だからって急すぎないか。
 僕も一応、暇を持て余しまくってるわけではないのだけど……。
 姉にはとりあえず、「検討するけどちょっと考えさせて」という返事をしておいた。

 ただ、正直に言うと嬉しくもあった。
 クランとラズは、鞠花が適当に引き合わせた相手が嫌になり、それらしい理由をつけて切ったんじゃないか……という気持ちが、どうしても拭いきれていなかったからだ。
 再会を思わせる、彼女らの最後のチャットを忘れたわけじゃない。
 しかし、今までたった二十年しか生きていないとはいえ、まあまあ見てきた人の醜さだったり、建前の裏側だったり、直近経験したギルドのアレだったりに形作られた、緋衣瑠生の心の暗部が「人間そんなもんだよ」などと囁く瞬間は、確かに存在した。
 ……後ろめたい。人を信じる心を失くした現代人の姿だ。

 またその一方で、戸惑いもある。
 装備の整備、パラメータの説明、攻略アドバイス等々、そこそこ手厚く世話は焼いたと思うし、仲良くなった自覚もあった。
 が、なんというか……たった一ヶ月のゲーム仲間に、そんなに入れ込む? 自宅突撃までいっちゃう?
 世の中には他人にやばい執着心を持つやばいやつもいて、やばいことをやらかすやばいケースも存在するという。
 とはいえ、クランとラズに関してはその手のやばさを警戒する必要はなさそうに思う。姉とその同僚たちが保護していた子たちだというし……何より、想像していたイメージよりだいぶ幼い。

「別に怒ってるわけじゃないよ、びっくりしただけ。きみたちがいなくなって寂しかったのは本当だし、また会えて嬉しいよ」

 姉との通話を終え、そう伝えてからの双子は、すっかりご機嫌だった。
 クランは左から、ラズは右から、僕を挟んでソファに座っている。
 二人掛けソファに三人掛けの状態だが、双子が小柄なので意外と狭くはない。彼女らは何をするでもなく、楽しげに脚をぱたぱたさせている。
 ぱっと見は十歳そこらくらいに見えるが、もっと小さな子供か、あるいは人懐こい小動物のようだ。

 ……なんだろうこの状況。
 まさかパーティを組んでいたのがこんなにかわいらしい女の子、それも双子で……繰り返しになるが、ゲーム中に受けた印象よりかなり幼い。
 FXOの最も厚いユーザ層は二十代後半から三十代中ごろと、何かのサイトの集計で見たことがある。僕でも若いほうなので、彼女らは最年少に近いのではないだろうか。

「えーっと、そういえば二人とも、お名前は?」
「クランです!」
「ラズだよ!」

 二人は瞬間的に顔を上げ、眩しく笑う。

「……じゃなくて、リアルの名前。本名」
「クランはクランです」
「ラズもラズだよ」
「そうなの……? 幾つ? 学校とかは?」
「ええと……十二歳、です……」
「学校には行ったことなくて、お姉ちゃんのラボだけ」
「そっか……」

 ――急にわけあり感が増した。
 だが彼女たちのバックボーンについては、鞠花もあまり深く語ろうとはしなかった。わけについてはいずれ話すと言っていた以上、それを待つべきだろう。
 好意的な相手とはいえ……たとえば僕だったら、幼少期の家庭事情なんかを初対面の人間に詮索されるのは、気分のいいものではない。

 ひとまず、そのあたりの話は置いておこう。
 いかんせん唐突ではあったが、自分を慕って訪ねてきた子たちだ。邪険にはしたくないし、せっかくなら楽しく過ごして欲しい。

「まあ、そろそろお昼だし、とりあえず何か食べに行こっか」
「わあ……ラズ、お兄さまとお食事だって!」
「やったね、クラン!」

 双子がはしゃぐ。彼女らの笑顔は無邪気そのもので、心が洗われるようだ。
 せっかくだから何かいいものでも食べて、代金は姉に請求してやろう。

「きみたち、なんか食べたいものとかある? 好きなものとか、嫌いなものは?」
「好きなもの……」
「嫌いなもの……」

 僕の問いに、クランとラズは二人揃って首を傾げてしまった。

「まだわからないね」
「まだ足りないね」
「「お兄(さま/ちゃん)が好きなものが食べたい!」」
「お、おう……」

 なんだか小声で不思議なことを言っていた気がするが、とりあえずリクエストに応えることにした。

 例えば、駅前の中華料理屋が出す激辛麻婆豆腐。
 あるいは、もう少しはずれの方にあるスープカレー屋で食べられる十辛ブラック。
 僕が好物の最上位として真っ先に挙げるとそのあたりのメニューになるのだが、昼食の決定権を託されて初手にこれをお出しするのは憚られる。しかも相手は子供だぞ。
 というわけで、今回は無難に別の洋食屋をチョイスした。僕の好きなメニューだって、別にすべてが激辛というわけではない。

 そうして諸々の準備を整え、住まいであるマンションの二〇二号室を出た僕と双子は、さまざまなお店で賑わう霜北沢(シモキタザワ)の駅前エリアに向けて出発した。
 クランとラズは引き続きご機嫌だった。最初は僕の後ろをついてくるように歩かせていたのだが……思った以上に歩みが遅いうえ、ちょっとした段差でこけそうになるし、歩きながら周囲をきょろきょろ観察していて危なっかしい。
 なので二人には手を繋いでもらい、僕はその背後につくポジションをとった。

「タンクが後方につくのですか?」

 クランが首を傾げる。

「そりゃあゲームと違って、路上の危険はどこから来るかわからないし、都合良く僕にヘイト集めることもできないからね。背後の守りをこうして固める。曲がり道とかはナビするから」
「なるほど、臨機応変ですね!」

 ありがとうございます、と色白栗毛の少女はにこにこ笑う。
 ですます調で喋り、真面目なイメージのある子だが、ゲーム仲間ならではの冗談が通じ合うのは心地よい。やはり彼女は僕の知るクランだ。

「ん……クラン」

 一方、ラズは何やらもじもじしていた。
 褐色白髪の彼女は、クランとは逆にくだけた口調でフランクなイメージがあるのだが。

「これ、なんだか落ち着かない」

 そう言って、クランの右手と繋がれた左手を持ち上げる。

「ああ、ごめんごめん、そんなに子供じゃないよね」

 十二歳にもなって、おてて繋いで仲良くご安全に、はさすがに恥ずかしいか。少なくとも僕がその年頃だったら、もう姉さんと手を繋いで歩くのには抵抗があったと思う。
 二人は小柄で、無邪気で、無防備で、どうにももっと小さな子供……というか、幼児みたいな扱いをしてしまいそうになる。
 が、ラズは首を横に振った。

「ううん、ヤじゃない。ヤじゃないけど……わからない。むずむずする」
「でも、お兄さまの言う通りにこうしていれば、離ればなれになる心配はないよ、ラズ」
「ん……わかってる。多分……嬉しい、だと思う。これ好き」
「クランもだよ。これ、なんだかいいね」
「ん」

 微笑むクランに、目を伏せながらもぎゅっと握り返すラズであった。
 ……思わず深く息を吸い込んでしまう。なんだろうこの感情は。
 まるで生まれてはじめて人と手を繋いだみたいな、初々しいリアクションじゃないか。得難いものを得たような気持ちを噛み締めて、僕は空を仰いだ。
 ――いや、しかし。一緒に育ったきょうだいなら、普通は幼少期に手を繋いで歩いた経験くらいあるのではないだろうか? 年が近いどころか、双子であるならなおさらだ。このあたりもわけありだろうか。……まあ、邪推はよそう。

 屋外の自然光に照らされる二人は、改めてかわいらしい。
 顔立ちの良さもさることながら、コロコロとよく笑う。
 大きくまっすぐな瞳は、純真という言葉の具現化がごとく、無垢なきらめきに満ちていて……見つめられると、ひねくれた心が焼き焦がされるような感覚すら覚える。

「あっ、お兄さま! 人がたくさん」

 微笑ましい二人の後ろで尊さやら違和感やらに脳をかき回されているうちに、住宅地から駅周辺の栄えているエリアに近付いてきたらしい。
 ……クランの上げた声に反応して、通行人がちらりとこちらを見たような気がする。

「うっ」
「お兄ちゃん、どうかした?」
「……他の人がパーティにいるときとか、オープンチャット使うときのお約束は覚えてる?」

 双子がはっとした顔をする。覚えていてくれたようだ。

 FXOでは基本、自分のことは呼びたいように呼べば良いというスタンスだったのだが……身内感で野良で組んだ人が居づらくならないように、またあらぬ風評被害を防止するために、三人だけのローカルルールが存在した。

「あれを発動します。……『お兄さま』とか『お兄ちゃん』は、一旦お外ではやめようか」

 リアルでもあらぬ誤解を生みそうだ。

 街の片隅の、一見ちょっとわかりにくい場所でひっそりと営業している小さな洋食屋兼カフェ。その名もキッチン・ロブスタは、四十年以上にわたってこのへんの人々の胃袋を支え続ける老舗である。
 なお、ひっそりしている割に週末は混むことが多い。数年前にテレビか何かで紹介されて以来、知名度が上がったからだそうだ。
 この日はタイミングが良かったのかさほど混雑もなく、待機することなくボックス席に案内してもらえた。

 向かいの席のクランとラズは、注文を済ませるとなにやら練習などと言ってスプーンで掬う動きを繰り返していた。見るにクランは左利き、ラズは右利きのようだ。
 高級店のテーブルマナーでもなし、練習も何もなかろうとは思ったが、微笑ましいのでそのまま眺めていた。

「ビーフデミグラスオムライス三つ、お待たせしましたー」

 かくして配膳されたそれに、双子が目を輝かせる。

「おお、これがおに……ルイさんがこのお店で一番好きだという」
「におい……良いにおいがします。おなかがすきます。不思議」

 ビーフデミグラスオムライス。世間的にはロブスタといえばハンバーグステーキセットかポークジンジャーセットが鉄板らしいのだが、僕の最推しはこれだ。

「今日はかわいいお連れさんですね」

 オムライスを持ってきてくれたエプロン姿のお姉さんに、声をかけられる。

「ええ、まあ、親戚の……遠縁の子? みたいな……今日うちに遊びに来てて、せっかくなんで美味しいものでもと」

 僕もこの店にはちょくちょく来るので、この笑顔が素敵なウェイトレスこと三葉愛(ミツバ・アイ)さんとは顔なじみだったりする。

「こんにちは。双子ちゃん? どっちがお姉さん?」
「こ、ここ、こんにちはっ」
「こんにちは。こっちのクランがお姉ちゃんで、ラズが妹だよ」

 クランが緊張の表情を見せる一方、ラズはふにゃっとした笑みで応える。
 突然のことで尋ねるのを忘れていた姉妹の順番が、さらっと明かされた。

「クランちゃんにラズちゃんかぁ。シモキタは初めて? 楽しんでる?」
「はひぃっ、は、はじめてですっ」
「まだわかんないけど、いろんなものがたくさんあって面白い!」

 人見知りなクランと物怖じしないラズ。FXOでの印象そのままだ。

「そっかそっかぁ……えっ、めっちゃかわいいですね。子役ちゃんかなんかです?」
「あいや、そういうわけじゃないはずですけども」

 僕も知らないが、多分違う。

「オムライス、とっても美味しいですよ。ごゆっくり」

 そう言い残して業務に戻っていく三葉さんの背中を見送り、その絶品をさっそく味わうことにする。
 僕が手を合わせると、ボックス席の向かいに並んで座った双子がそれに続いた。

「いただきますだよ、クラン」
「う、うん! いただきます、だね」

 キラキラの視線がこちらを見据える。

「それじゃ。いただきます」
「「いただきます」」

 スプーンを差し込む。ブラウンソースのたっぷりかかった黄金色の山を崩すと、内側に潜んでいたほくほくのチキンライスが顔を出し、湯気があがる。
 クランとラズは、僕がそうしたのに続くように、掬ったものを口元でふーふーと冷ます。眼鏡が曇る。シンクロするしぐさが、なんだか愉快だった。
 口に運び、頬張った瞬間。四つの瞳がより一層きらめきを増したように見えたのは、錯覚ではなかったはずだ。

 双子が食べる速度は意外と遅くはなく、僕がオムライスを完食して食後のコーヒーを啜っている間、やはり二人ほぼ同時に食べ終わった。

「ソースに少し苦味があるのですが、それが不快ではないんです。表面の卵はやわらかくてほんのりと甘みがあって、中のチキンライスには少し酸味を感じて、それが口の中であわさることで、相互にひきたてあうような……美味しいです」

 食べている途中、クランから突然の食レポめいた感想が出てきたので思わず笑ってしまったが、ラズもラズで黙々と頷きながらオムライスを噛み締めていた。スプーンを握っていない左手でぐっと親指を立てたところからも、満足感が見て取れた。

 食休みを済ませてレジで会計をすると、三葉さんが「ぜひまた連れてきてくださいね」と、三人分の割引券をくれた。クランとラズは、すっかり彼女に気に入られてしまったようだった。

「お互いに口の周り、ペーパーナプキンで拭き合ってたじゃないですか……そういうのとか、めっちゃ微笑ましくって」

 小声で伝えられる。時折、三葉さんがこちらの様子を遠巻きに見ていたのは把握していた。店員の行動として感心できるものかどうかは置いておいて、その意見にはおおいに同意だった。

「ふたりともどう? 美味しかったでしょ?」

 答えは顔に書いてあるのだが、満足げな双子にあえて問うてみる。

「「とっても美味しかったです!」」

 双子の姉妹は、三葉さんに聞かせたかった言葉をばっちりハモってくれた。
 キッチン・ロブスタの扉についたベルをカラコロと鳴らして店の外へ出ると、三葉さんはめっちゃ手を振ってくれていた。

 寄り道して買ったたい焼きにも、双子はめいっぱいの喜びを示してくれた。オムライスの時と同様に、クランが表皮とあんこの食感、および味の相乗効果を語り、ラズは黙々と味わってサムズアップ。
 公園。カラス。自販機。野良猫。標識。バス停。ハト。信号。クランとラズは見るもの触れるものすべてが新鮮で楽しいといった様子で、自然とこちらまで笑顔になる。
 ……この二人、実はとんでもない箱入りお嬢様とかなのではないだろうか。それこそフィクションに出てくる、外界を一切知らずに育ったような。

 自宅近辺の住宅地に戻る頃には、時刻は十五時を回っていた。
 いろいろなものに興味を示す二人に付き合っているうち、まっすぐ帰るはずの道をずいぶん遠回りしていたようだった。

 双子は往路と同じように手をつないで歩いている。
 が、ふいに姉のクランが「こしょこしょ」となにごとか妹に耳打ちをし始めた。
 妹のラズは笑顔で頷きを返す。

「どうしたの? またなにか面白いものでもあった?」

 僕が声をかけると二人は立ち止まり、くるりとこちらに向き直った。

「あの、お兄さ……ルイさん」

 クランがおずおずとこちらを見上げている。

「うん、まあ……このへんはもうそんな人通らないし、呼びやすいようにどうぞ」

 そう返事をすると、彼女は「では、お兄さま」と、右手をそっと差し出してきた。

「はぐれないようにするのを……今度はお兄さまにしてほしいです」

 ――不意打ちであった。思わず息を呑む。

「お兄ちゃん、ラズも」

 双子の妹もまた、同じように左手を差し出してくる。

「……ラズのことも、捕まえといてほしい……」

 マシュマロみたいな頬を少し赤らめ、はにかみながらも、眼鏡のレンズの奥の視線はこちらを捉えて離さない。
 ……圧倒的庇護欲。胸を締め付ける何かが、心臓を震わすのがわかった。

「ん……そっか」

 咄嗟のことでそっけない言葉しか出てこなかった代わりに、細く柔らかな指をできるだけ優しく、しっかりと握った。
 そうして、三人並んで歩き出す。

 なんだろう、とてもあたたかい。
 両手に感じるあたたかみが、未知の幸福感を無希釈ストレートで心臓の真ん中に直接送り込んでくるようだった。
 ……いやいや、何をドキドキしているんだ。大きく息を吸って、吐き出す。まずは落ち着こう。
 四月半ばの晴れた午後。頬を撫でて流れてゆく風は優しく香り、左右には満面の笑みの双子を連れ、馴染みの道をゆく。

「ホント、あったかいな」

 ふとデジャヴめいた感覚が脳裏をよぎり、幼い頃の記憶が呼び覚まされる。
 隣を見上げると母さんが笑っていて、僕の手を優しく握ってくれている。母さんを挟んで反対側には、同じく鞠花姉さんが手を繋いで歩いているビジョン。
 ――母と姉と僕と、三人でこうして手を繋いで歩いたことがあった。買い物だったか、幼稚園の送迎だったか。シチュエーションの細部は覚えていないが、こんな風に穏やかで、あたたかくて、楽しかったことだけは覚えている。
 あのとき母さんはどんな気持ちだったのだろう。果たして、こんな風に幸せだったのだろうか……?

 双子の笑顔が、母を挟んで反対側を歩く姉のそれと被って見え……なんなら彼女たちが昔からの顔なじみだったような気さえしてくる。
 古い記憶と今の状況がリンクしたせいか、そんな錯覚を覚えた。

「……あ、ごめん。大丈夫? 僕のペースで歩いちゃってるけど」

 ふと、往路と違う双子の様子に気付く。
 最初は頼りない足取りだった二人が、いつの間にかしっかりとついてきている。

「大丈夫です。だんだん慣れてきたみたいです」
「ああ、もしかして靴? それ新しいもんね。うち来るとき大丈夫だった? 靴ずれとかしてない?」
「うん、それは平気。来るときは熊谷さんの車で、すぐ近くまで送ってもらったんだよ」
「……誰だって?」

 ラズが口にしたクマガイさんとは一体。

「私です」
「うわぁ!?」

 身長二メートル以上あるんじゃないだろうかという大男が、目の前に立っていた。
 黒いスーツをビシッと着こなしサングラスをかけ、角刈りに整った口ひげという、映画に出てくる要人のガードマンみたいな出で立ちだ。
 見ればそこは、うちのマンションの真ん前で――アレコレ考えたり話したりしている間に、こんなところまで帰り着いていたのか。
 ていうか、さっきまでいたっけ……こんな人いたらいくらなんでも遠目にわかりそうなんだけど。

「「熊谷さん」」

 双子がハモる。
 いきなりこんなでっかい人が出てきたらクランがびびりそうなものだが、そうでもないあたり、どうもこの人がそうらしい。

「失礼しました、緋衣瑠生さまですね。初めまして、熊谷と申します。緋衣鞠花さまのラボで、警備や護衛などを任されております」
「ああ、それはどうも……姉がお世話になってます」

 切手のようなものが差し出されたと思ったが、普通に名刺だった。手が大きいのでスケール感が狂う。肩幅も広く、かなり威圧感のある見た目だが、声色や物腰は穏やかだ。双子の反応からしても、名乗ったとおり姉の関係者であるというのは間違いないだろう。

 名刺は利き手を塞いでいたラズがとってくれた。
 熊谷和久(クマガイ・カズヒサ)。以前見た姉の名刺と同じデザイン、フォーマットで所属と連絡先が記載されていた。
 心都大学情報科学研究所……一流大学付きの研究所というのは、こんないかにもな警備員さんまで雇っているのだろうか。

「それで、その警備員さんがなんでまた」
「クランさまとラズさまの送迎係と思って頂ければ。お二人がお帰りの際はご連絡ください」
「ああ、そういう」
「ええ。失礼かとは思いましたが、それをお伝えすべく、瑠生さまをお待ちしておりました。名刺の番号にお電話いただければ、お迎えに参ります」
「いえ、わざわざどうも」

 熊谷さんは手短に要件を話すと「それでは」と深々とお辞儀をし、すぐそこの曲がり角へと消えていった。
 ――突然現れ、突然消えた。まるで忍者のようなムーブに呆気に取られてしまう。

「なんかすごい人だったな……とりあえず、うち入ろうか」
「「はいっ」」

 頷く双子は変わらず笑顔であったが、今しがたの会話で「帰り」という言葉が出たとき――少しだけ。
 僕の両手を握る力が、きゅっと強まったのを感じていた。