1
ピーンポーン。
来客を告げるチャイムの音が意識を呼び戻す。
時は四月の中ごろ、二十歳の春。土曜日なので大学の講義はなく、かといってこれといった予定もない、絶好のだらけ日和な午前中。
テレビモニタにYouTubeを垂れ流し、ソファに寝そべり、ローテーブルの卓上カレンダーを眺め、今度のゴールデンウィークの予定を考えながらも、大したことも思い浮かばずに眠くなりつつあるところだった。
なんか通販頼んでたっけ……? と、あまり働いていない頭のままのろのろと立ち上がり、玄関の扉の前に着いたあたりでもう一度、ピーンポーン、とプッシュされる。
僕の住まう一人暮らしの賃貸部屋は、インターホンにカメラなど備えていないので、何者が訪ねてきたのかは肉眼で確認するほかない。
だらけ状態で発した「はいぃ……」という声は、我ながら恐ろしく低い。
――果たして扉を開けると、そこには二人の女の子が立っていた。
彼女たちは僕の顔を見ると、「あっ」と小さく口を開ける。
どちらもかなり小柄で、背丈は……見た感じ二人とも一四〇センチくらいだろうか。僕が一七四センチあるので、かなり見下ろす形になる。
顔立ちはそっくりで髪型も同じ、ゆるくウェーブのかかった首までのボブヘアである。二人は肌と髪の色が違う。右の子は色白の肌と栗色の髪。左の子は褐色の肌と金色がかった白髪。互いが互いを反転したような、対照的で美しい色合いだ。
服装もお揃いで、色違いのワンピース、色違いのフレームの眼鏡、色違いの靴。全体的に、色白栗毛の子は淡いピンク、褐色白髪の子は淡いグリーンの装いであった。
おそらく十代前半、高く見積もっても中学一年生くらいであり、少なくともクロネコやアマゾンの配達員でないことだけはわかる。
……どことなく、見覚えがあるようなないような。
「あ、あのっ」
「緋衣瑠生(ヒゴロモ・ルイ)さん――ですよね」
長い睫毛に飾られた大きな瞳で僕を見つめながら、二人は透き通るような声で言う。
「そう、ですけど……」
この子供たちは、なぜ僕の名前を知っているのか。
そのかわいらしさに見惚れてしまったせいなのか、単に眠気で頭が回っていなかったせいなのか。疑問に思う間もなく僕が肯定すると、二人の少女はお互いに顔を見合わせたのち、こちらを見上げ――
「「こんにちは! お兄(さま/ちゃん)!」」
と、キラッキラの笑顔でハモった。
時は四月の中ごろ、二十歳の春。
僕の人生を大きく揺るがす出会いは、春の陽気とともにやってきた。
2
――などと最初は思うわけもなく。
「……間に合ってます」
僕はノータイムでドアを閉じた。
おおかた子供を利用した新手の宗教勧誘かなにかだろう。ここに越してきて間もない頃にうっかりドアを開け、見知らぬおばさんに延々と話を聞かされる羽目になったことを僕は忘れていない。
だいたい、人の顔を見るなりいきなり「お兄(さま/ちゃん)」とはどういう了見か。そもそも僕に姉はいるが、妹はいない。
気を取り直そう。ええと、なんだったっけ。そう、月末からの連休は――
「お兄さまっ! ちが、違うんです!」
「お兄ちゃん! 開けて!」
ドンドンドンドン! とドアが叩かれ、心臓が跳ねる。思わず「うわっ」と声に出てしまった。
「えっ何。なんなの……」
まだ言うか……いや、ちょっと待った。この呼び方、もしかして。
「お兄さま! クランです! どうか開けてください!」
「ラズだよお兄ちゃん! 覚えてない?」
僕のことを『兄』と呼ぶ、『クラン』と『ラズ』の二人組。
――あった、思いっきりある、心当たり。
「「開けて、お兄(さま/ちゃん)!!」」
「待った、待った! 開けるからちょっとそれやめようか。めっちゃ響く」
ふたたび玄関の扉を開けると、今にも泣きだしそうな顔をした二人がいて――その表情が、一瞬でぱあっと明るくなった。
「きみたちが……『クラン』と『ラズ』? 本当に?」
僕は結局、二人の推定JSだかJCだかをうちに上げることになった。
◇
念のため外廊下の左右をよく確認したが、宗教おばさんの姿は認められなかった。
「水分が喉に沁みます……おいしい」
栗色の髪で色白、淡いピンクの装いで、眼鏡のフレームもクリアピンクのほうが『クラン』。
「ん。何か飲むの、今日初めてだね」
金色がかった白髪で褐色、淡いグリーンの装いで、眼鏡のフレームもクリアグリーンのほうが『ラズ』。
突然の来訪者たちは、先ほどまで僕が寝転がっていたソファに腰かけ、とりあえず冷蔵庫からお出ししたルイボスティーを飲んでいた。百個入りティーバッグが千円くらいで買える、わが生活の友である。
「「ありがとう、お兄(さま/ちゃん)」」
「うん、どういたしまして……」
彼女たちはおそらく僕の知り合い……なのだが、まだ若干理解が追いついていない。
二人は先述のとおり、たいへん整った容姿をしている。二重瞼の大きな瞳で睫毛は長く、髪はボリュームがあってさらふわ、ワンピースの袖から覗く腕は細くてもちすべ。髪色、肌色、服の色、どれもが対照的であり、ふたり並んでいることでより一層絵になる。瓜二つな顔といい、時々発するハモり声といい、おそらく双子なのだろう。
こちらの警戒心をゴリゴリに削いでくるかわいらしさだが、まずは事実確認を。
「一応聞いときたいんだけど……『FXO』一緒に遊んでた『クラン』と『ラズ』で、合ってる?」
「「はい!」」
眩しい笑顔で元気よく返事が返ってくる。
直接の面識はないが、僕のことを兄と呼ぶ『クラン』と『ラズ』の二人組といえば――そう。オンラインゲームのフレンドである。